62.捕まったら哀れ
「ファンラン、ほどほどになー」
「承知でござるー」
つい声をかけたら、遠くなりながら返事が帰ってきた。ファンランはそのまま、ウェイトレスを追いかけて頑張ってくれ。捕まえるなり背後洗うなり、彼女なら結果を出してくれるはずだ。
「マスター、ひとまず眠らせておいたぞー」
「にうー」
「テム、エーク、ありがとう」
自分が張った小型結界の前でテムが、俺が張った結界の前でエークが楽しそうにしっぽをゆらゆら。ふたりともドヤ顔なのは……まあ、捕まえた功労者だもんな。後でいっぱい撫でるぞ。
ま、それはそれとしてだ。まだ周囲には、俺たち以外にも普通にお客さんがいるんだよね。騒ぎを起こしたわけだから、謝らないと。
「皆さん、ご迷惑おかけしました」
「いやいや、村長さん。気にしなくてもいいですよ」
「そうですね。なんでしたら、取り調べはこちらでやりますが」
「ランディスの坊やに謝らせたら、あの世から親御さんにどやされるって」
……ははは。
バート村は何だかんだで新しい村だけど、もともと暮らしていた人や王都からやってきた人たちがいるから地味に顔見知りが多かったりする。もしかしてメルランディア様やサファード様、分かってて融通してくれたかな? ま、もちろん新規の人もいるけれど。
さて、それはそれとして。
「……さすがに、ウェイトレスまでとは思わなかったわね……」
食事をきれいに平らげていたセオドラ様が、呆れ顔をしておられる。そこで、フッと気がついた。
ベンドルの間諜たちが入り込んできているのは、その地を混乱させて本隊の進軍をスムーズに進めるためだ。今回三組見つけたけれど、あの数で村を混乱させるとしたら。しかも、その中に一人サンドラ亭のウェイトレスになった人がいるわけで。
「シノーペ。こっそりでいい、解毒できるか?」
「え?」
まさかとは思うんだけど、念のために対処することにした。このへんは俺よりも、シノーペのほうが得意だろう。
「誰かの食事に入れられてた、かもしれない。しれないだけだけど」
「分かりました」
ひそひそと、他の人たちには聞こえないように指示をする。具体的な言葉も少なめにして、大丈夫だろうとは思うけど。
「こいつらは何なんですかね、神獣様?」
「ベンドルからこっそり忍び込んできた、愚か者どもらしいぞ。案ずるでない、我と我の友が片っ端から捕らえておる故な。このように」
「にゃおー」
「なるほど。神獣様のお言葉なら、信頼できますな!」
ちなみに他の人たちの視線は、だいたいテムとエークに向いている。しれっと事情説明してるけど、こういう田舎……には限らないか、神獣様はとっても偉い相手なので割と信じてくれやすい。ま、疑われても面倒だしな。
「村長。あの者たちは、もしかしてベンドルの?」
軍の人が俺の方にやってきたので、いろいろ話をしてみる。というか昨今の状況を考えたら、きちんと情報伝えておかないといけないし。
「ええ。ここ最近、村に潜入していたベンドルの間諜たちです。そちらでは見つかっていますか」
「近隣の集落で数名確保しているようです。……その、公爵家の魔獣使い殿が張り切っておられて」
「……もしかして、コーズさん?」
「その方です。あと、公爵軍にもかの方の弟子が数名おりまして」
ちょっと待て、コーズさん何者だ。いや、弟子取れるレベルの魔獣使いが公爵家にお仕えしてるなら、かなり安心だけどさ。
さて、そんな会話を俺たちが交わしている間にシノーペは、準備を終えたようだ。
「範囲、バート村全域。解毒魔術、全開でいきます……放射」
ひそり、呟かれた声とともに柔らかな魔力がふわんと広がった。魔術師でもなければ多分、これはそよ風にしか思えないんじゃないかな。
「……まあ、大丈夫みたいですけれども」
「そうなのか?」
「この手の魔術って私の場合、効果が出たら何となく分かるんです」
シノーペの言葉に、ちょっと感心した。俺は治療とか解毒とかの魔術使っても、多分効果がわからないから。かけた相手の反応を見れば、効果があったかどうかくらいは分かるけどね。
ああ、そうだ。確認といえば、ちょうど工兵部隊の人もいるんだよな。
「すまない。念のため、部隊の医療所に誰か来ていないか確認をしてほしい。どこかで暴れて被害が出てないとも限らないからね」
「分かりました。周辺の集落なども、確認しときます」
「お願いします」
工兵の人は、どうやらサンドラ亭の食事が気に入ったようで満足げな顔をして去っていく。ああもう、開店日に変なことになっちゃって悪いな、とは思ったんだけど店主にも確認しないといけないことがあるな。
なんて考えていたら、セオドラ様が「キャスバート」と呼びかけてきた。
「ここの店主に挨拶をしておきたいのだが、案内してくれるかな?」
「あ、それはもちろん。俺も確認したいことがありますし」
「あれの身元だな」
「はい……あれ?」
あれ、とおっしゃいながらセオドラ様が親指で軽く示したほうを見て、あーやっぱりというか遠い目になってしまったというか。
「……これはまた、うまくやったものだな」
「ふにゃ?」
テムが呆れ顔で、エークが首を傾げて見つめる中。
「只今戻ったでござるよー」
例によって何やらすごく変態的芸術的に縛り上げられたウェイトレスを小脇に抱えて、スキップしながらファンランが戻ってきた。あーあ、ウェイトレスさん涙目。いやまあ、状況が状況だけどさ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます