61.あぶりだし
移住者の身柄確認をしたり、壁の構築状況を視察したり、防衛についてランドや王都とやりとりしたり、いろいろあって七日後。
サンディ・ドラム亭バート店開店の日、と相成った。別に支店とかあるわけじゃないけど地名を付けてみたかった、とは店長の弁。
そして。
『いただきます!』
俺たちはテラス席、村長宅時代の庭で少し遅めの昼食をいただくことにした。俺とシノーペ、ファンラン、テム、エークとそれから、セオドラ様も同席してる。
ライザさんはおっちゃんといっしょに、店内の席に行ってもらった。いや、せっかく一緒にお昼なんだしさ。何だかんだで仲良し夫婦だし、いいよね。
時間をずらしたので、ちょっと空いてるかなという感じだ。近くでランチセット食べてる人とか、ちょっと離れたところでは昼間から飲み会してる連中もいる。暴れなきゃいいけどな。
「結局おられるんですね、セオドラ様」
「あら、いいじゃないシノーペ。王都の味、私も楽しみにしていたのよ」
ウェイトレスさんが持ってきてくれた、俺たちと同じサンドラ定食を前にしてえらく上機嫌なセオドラ様である。あーまあ、王都の庶民の味、気になってたんだろうなあ。俺たちにしてみれば、久しぶりに食べられるぜラッキーといったところなんだけど。
「ま、良いではないか。うむ、美味い美味い」
「王都で食したときのままの味でござるね。ありがたい」
既に口をつけているテムとファンランの様子からすると、味はほとんど変化がないようだ。失礼して、一口。
「あ、本当だ」
しっかり焼かれた肉のジューシーさとタレのさっぱり感、野菜の付け合わせや芋の柔らかさ、スープだって王都で飲んだときと変わらない濃いめの味付け。
うはー、来てくれてよかったあ。これからいつでも食べられるんだなあ……いや、うちライザさんがいるからそう頻繁に来るもんじゃないだろうけど。
「……さて。周囲の者の動向に注意を払ってね」
ほぼ半分ほどを食べ終わったところで、セオドラ様が低い声で俺たちに告げた。これがまあ、テラス席で食う理由の一つでもあるんだけど。なので「あ、はい」と軽く頷くだけで済ませる。
さてさて。
「ドヴェン辺境伯領、忙しいみたいよ」
「あちらですか」
「そう。ご当主一家始め、大変お元気そうに先祖の敵討ちだーって暴れておられるらしいわ」
ああ、普通に戦やってるんだ。ベンドル軍、がんばってるんだろうか。ドヴェン辺境伯領はご近所さんとはいえ、バート村からだとちょっと距離があるので状況わかりにくいんだよなあ。
あと、ご当主一家の暴れっぷりはあまり近くで見たくない、というか。噂でしか聞かないけれど、サファード様も迫力負けする戦い方とかなんとか……って、おっしゃってたのはサファード様ご自身だったな。
そんな戦、テムに結界張ってもらわないと確実に巻き込まれるじゃないか。うわさ話を聞くだけで十分だ、うん。
……それはともかくとして。
「……そこだけじゃない、ですよね?」
「もちろん。今朝、義兄上の元にこちらの領地に入り込んできたって情報がね」
ほぼ固有名詞を使わずに話をしてるのは、情報漏れを懸念してのものだ。ま、発言者がセオドラ様な時点で大体推測はできるだろうけどね。
「来たのでござるか?」
「ええ。神獣様のおかげで人里には近寄れないみたいで、だから荒れ地をせっせと南下してるそう」
「当然だ。我が展開した結界だぞ」
ファンランの質問に帰ってきた答えに、テムがふふんと胸を張った。
テムとエークはすぐとなりに台を持ってきてもらって、俺たちよりわずかに低い場所でちゃむちゃむとサンドラ定食を食べていたわけだ。
エークはすっかり食べ終わって毛づくろいをしながら、多分周囲に気を張っているな。しっぽがゆらーん、ゆらーんと揺れている。
「ま、
「一応、派遣はしてくれてるんですね」
「この状況で、
シノーペがちょっと感心したように言ったのは、まあ王都のごたごたがあって正規軍も大変だろう主に指揮系統、というのがあるからだ。
正規軍にしろ近衛騎士にしろ、最高司令官は国王陛下なんだよね。もちろん、それぞれにトップはいるんだけど。で、陛下の療養中の代理があれとあれで、ほとんど命令とか出てなかったらしいしね……そりゃまあ、敵がいなけりゃ軍をほいほい動かすものではないけど。
で、陛下が頑張って復帰なされたら遷都に加えてベンドル軍の南下。
王都周りを近衛騎士に任せるって言っても戦力に限りはあるので、正規軍もそれなりに割り振られる。その上で、領主のいない場所をメインに防衛のために軍部隊が派遣されてるわけだ。
もっとも、領主がいるところはその領主が自分の領地を守るためにも軍を出すわけだけどね。ドヴェン辺境伯家はベンドルシスベシ慈悲はない、という家なので元気に戦ってると。
……ところで名前も出したくなくなったアレとアレ、シノーペ言うところの馬鹿と阿呆、あのままだったらどうするつもりだったんだろ? まあ、普通に近衛騎士や正規軍を動かしたかな。いくらなんでも。
「
「もちろんよ。
「ですよねえ……さて」
ふふふ、ととっても楽しそうに、多分ドヴェン辺境伯家と気が合うであろう笑顔になったセオドラ様が、周囲に視線だけを走らせる。
俺も背後をいくつか確認して、「みっつかな」と呟いた。
ああもちろん、お客さんの中に混じってこちらを伺っていた推定ベンドルの間諜さんたちのことだけどね。
あのな、こんな田舎の村でしかも移住者含めてまだ百人いかない場所で、さらにこっちは村長その他で移住者のチェック済みなわけ。そのチェックから漏れたような人で、なおかつこちらを伺ってるのが丸わかりな方々……いや、普通は気づかないレベルだけどさ。
その一人、すぐ隣のテーブルでランチセットをとっていた人がそそくさと立ち上がる。その足元に、ひょいとテムが舞い降りた。
「そなた、食事もそこそこにどこへ行く?」
「ひっ」
にやり、と笑ったテムは既に彼を結界に閉じ込めている。いやもう、さすが神獣。詠唱なしの結界なんて、俺にはさすがに無理ですはい。
さて二人目というか二組目、ちょっと離れたところでエールとおつまみで飲み会のふりをしていた三人組の足元にはエークがとことこ歩いて行った。
「にゃうん。ごろごろごろ」
「お、何だこの猫」
「移動阻害結界」
一人が気を取られた一瞬の隙に、その周りに結界を展開させてもらった。エークは外してあるぞ、もちろん。
そして最後の一人……さっきセオドラ様にサンドラ定食を持ってきてくれた、ウェイトレス。一瞬怯んだところで、台拭きを落としたので。
「落とし物でござるよー」
「っ!」
ファンランがしれっと声をかけた瞬間、彼女は地面を蹴って逃げ出した。
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