60.食事は楽しい
「そう言えばぼっちゃん。サンディ・ドラム亭がもうそろそろ開店らしいですよ?」
ファンランやシノーペも揃っての晩ごはんのときに、ライザさんがそんなことを言ってきた。
旧王都から移転してきて、昔の村長さんが住んでいたお屋敷を改装したとのことだ。田舎で村長さんちだからもともと広めで、食堂にするには申し分なかったらしい。まあその、内装とかすごかったですよって工兵さんの一人が言ってたけど。
「あ、ほんと? やった」
「おお、あの味がこちらで食すことができるでござるね!」
「待ち遠しかったです……」
ついうっかりみんなで喜んでしまったけど、ライザさんのご飯もおいしいんだよなあ。……いやまあ、俺にとっては故郷の懐かしい味でもあるし。
「あたしも一度、王都の味ってのを試してみたかったんですよ。皆様で一度、お伺いしましょうか」
あ、ライザさんも楽しみにしてくれてるみたいだ。よかった。
それに、皆で食べに行くっていうのも悪くはないな。いつも働いてくれてるお礼に、おっちゃんも誘おうか。
「それなら、おっちゃんも一緒に行きましょう。お世話になってるお礼です」
「あらやーだ、お仕事くれたのは坊っちゃんじゃないですかあ。でも、王都で美味しいと噂のご飯を食べられるなら喜んで!」
よし、決定。家はまあ、出るときに結界張っておけば大丈夫だろう。ベンドルの刺客とかでもなければ、うちに用事のある人は……あー、セオドラ様とかいるけどどうにかなるか。
……気がついたら一緒に食べてる気がするけど、なんでだろうな?
「今度は弁当ではなく、店で馳走になることができるのだな?」
「にゃああ?」
まあこの場にいないセオドラ様については後で考えることにして、猫テムとエークがわくわくしていることに気がついた。ふにゃーんととろけた顔して、俺たちと同じ食事をしている。さすがに猫なので、フォークやナイフは使えないけどさ。
「使役魔獣も神獣様も大歓迎、だそうですよ。何しろ、敷地だけはありますからねえ。テラス席もあるそうですし」
「おお。それではエークよ、そなたも歓迎されるということだ」
「にゃあ!」
すっかり猫化してるな、エーク。テムと違って人の言葉しゃべれないからだろうけど……ま、テムはともかくエークが元の姿に戻るときって臨戦態勢だから、今のままのほうが平和でいいんだけどさ。
「そう言えばライザ殿。サンドラ亭の開店は正式にいつ頃か、分かるでござるか?」
「ええと、七日後とか言ってましたかね。さすがに材料が、王都とここじゃ違うものもありますしねえ」
「王都と気候違いますし、南の方で取れるものとか手に入りにくいでしょうしね」
ファンランやシノーペの話を聞いて、ああそうかと思う。
王都は王都だったので、何だかんだであちこちから食料品やら香辛料がやってくる。ここは公爵領だけど国境近くで、しかも線の向こうは敵対してる国だからまあ貿易なんてないし。
そうすると、微妙に味とか値段とか違ってくるんだろうなあ。大変だ、と思う。そっか、場所が違うとこういう面倒とかもあるんだな。
「ということは、こちらで手に入りやすいものを使って試作中なのかな」
「そうだと思いますよ。何なら、ここで新しい料理を開発してくれても私は一向にかまわないんですが」
「あたしらみたいに、地元の人間が作ってるような料理を出してくれてもいいんだよねえ」
何となく言葉にしてみたら、シノーペとライザさんがそんな意見をくれた。サンドラ亭の面々も、こちらに来るにあたってそういうことは考えてくれてると思うから、大丈夫じゃないかな。
「自分はこちらの人間ではないでござるから、サンドラ亭の方々がどのような料理を出していただけるか興味があるでござるよ」
東の方の出身だっけ、ファンランは今から楽しみなようである。なお、ライザさんの食事は「少し濃い目の味でござるが、肉体労働の者には大変美味でござるよ」という感想だったっけなあ。
そう言えば、王都の食事は最初薄味に感じたんだよな。慣れると十分美味しいし、しっかり素材の味とか分かるんだけど。
「しかし、ライザの食事も大変に美味であるぞ。我はそなたに食事を作ってもらえて、大変満足しておる」
「にゃおおん!」
「あらま、神獣様と使役魔獣様にお褒めいただけるなんて。もっと腕を磨いて、もっともっと喜んでもらわなくちゃねえ!」
お皿を綺麗に空っぽにしたテムとエークの満足げな表情に、ライザさんがガッツポーズを決める。
神獣システム様お墨付き、って感じか。いいかもしれないな、それ……って思ったけど、テムはあまり好き嫌いがない気がする。美味しいものは美味しいっていうけれど、好きじゃないものへの主張がないというか。
「そういえばテムさん、嫌いなものってあるんですか? 食べるもので」
「む? いや、今のところは……ああ、香草がちと苦手かな」
同じようなことを思ったらしいシノーペの質問に、きっちり答えが出てきた。そうか、香草が苦手なのか。
サンドラ亭の食事だと香草ってほとんど出てこないから……あ、一度あったっけ。
「南方系の食事で、香草が多いやつあったよな。あれ?」
「うむ。我らには匂いが厳しいのでな、済まぬ」
「いや、そういうことならしょうがないよ」
ああ、匂いか。そうだよな、確実に人間より嗅覚は鋭いし。
普通の猫もそうだろうけれど、神獣や魔獣も香草は避けたほうがいいってことか。よし分かった。
「やっぱりですか? 猫のお姿してるから、香草は一応避けておいたんですけども」
「おお、気遣ってくれていたのだな。実にありがたい」
猫だから、という理由はともかく、ライザさんはしっかりそこのあたりを気をつけてくれていたようだ。さすがだな、テムも喜んでるし。
……ところでテム、エーク。マタタビは大丈夫だよな? 今まで試したこと、ないけどさ。
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