57.山を越えてきたら

「既に、ドヴェン辺境伯領では戦闘が発生しているらしい。当主殿と一族が大変に張り切って暴れておられるようだ」


 ランドに呼ばれた俺とテムは、メルランディア様からお話を聞いていた。先日とっ捕まえた魔獣使いに『お伺いした』話をこちらにお渡ししに来たのと、あと近隣貴族領から伝わってきた情報をいただきに来たわけなんだけどね。

 猫の姿のテムは、俺の膝の上ですっかりくつろいでいる。……何か最近、俺は神獣様のお世話係という認識が工兵部隊さんとかに広まってるらしいよ。あんまり否定できない状況なので、あきらめてるけど。


「その上で、迂回路の一つとしてブラッド公爵領を混乱させるつもりだったようです」


「最初に狙われたのがバート村で、正直助かりました。すぐに他の領地にもそれぞれ部隊を派遣して、守りに当たらせることができましたから」


 にーっこり笑うサファード様の笑顔が、相変わらず怖い。メルランディア様のお腹が大きくなり始めているので、ものすごく警戒してるんだろうなあ。

 にしても、領地内を確認した結果として、うちが一番早くベンドルに狙われたことが確認されたらしい。外から見たら、なくなりかけてた集落を復活させようとしてたって感じになるからかな。……目の付け所は悪くなかったんだろう、テムがいただけで。

 ちなみにブラッド公爵邸周辺は、バート村に施したものと同じタイプの結界を作れるようにしてもらった。サファード様やセオドラ様が喜々として魔力流し込んでるそうなので、まあ大丈夫だろう。

 それでも敵対者が入ってきたら、お二人を筆頭にブラッド公爵軍の餌食だよな。俺が見つけたらまあ、それなりにしばき倒したあとサファード様のもとに連行するけどさ。


「表向きは、北から獣の群れが大挙して南下している故の防衛強化ということだが……ま、気づいている者もあるだろうな」


「止められますかね」


「うちと辺境伯領は大丈夫だと思うが、それ以外がな」


 メルランディア様とサファード様の指示であちこちの集落や街に派遣された部隊は、戦闘部隊の他に工兵部隊も入っている。うちの村やランドに施されたものと同じ、結界展開基石の設置を進めるためだ。もちろん壁の増強もするので、そのついでに。

 ドヴェン辺境伯領はもう、ベンドル軍を殴り飛ばすために武力を高めている部分があるし。辺境伯家は基本的に脳筋とかいう話だけど、当主もそれは理解してるのかちゃんとした軍師を抱えているとかいう話だ。


「空を行く魔獣を駆使して、上を飛び越える可能性がありますね。僕なら少数精鋭をそんなふうに動かして、本隊と挟み撃ちさせるという手を使います」


「上空は風が厳しいと思うが?」


「そういった地域で生活している魔獣を使えば、不可能ではありません。もっとも、魔獣の数が少なすぎるらしいですが」


 ブラッド公爵家では、軍師のお仕事はだいたいサファード様が請け負っている。コーズさんも手伝ってるらしいけど。

 で、テムの疑問にもさらりと答えてくれた。まあ、山越えしようと思ったら最低でもエークぐらいのレベルの魔獣が必要だろうしね。

 俺たちが留守にしている間、ファンランやシノーペと一緒にお留守番をしてくれているエークは、相手がテムだったせいで弱い感じだったけれど魔獣としてはそれなりに高いレベルなんだよな。

 ……つまりそれを使役していたヨーシャも、まあ魔獣使いとしては高レベルだった、んだよな。やっぱり相手がテムなのが悪かったか。うん、いろいろごめん。頑張って『神なる水』守ってくれてるかな。

 つっても、そういえばそんな話はほとんど聞いたことがないなあ。はて。


「これまでは、そういうのの話は聞かなかったように思いますが」


「国境付近では、時々あったんですよ。だいたい、国境を越えてすぐくらいに失速、墜落してしまうんですが」


「……国境前の山越えで力尽きたんですか……」


 ああ、そりゃ話聞かないはずだわ。一応、王城にも報告は上がっていたんだろうけどさ。

 でも、ドヴェン辺境伯領やらブラッド公爵領やら、そこらへんにぼとぼと落っこちる魔獣と魔獣使いか……何というか、哀れ。頑張っただろうになあ。


「……あ」


 ふと、テムが何かに思い当たったように顔を上げた。


「もしかして、たまーーーーーに王都の結界にぶつかってきていた虫のようなものがおったのだが」


「多分、頑張った方々ですね」


 虫て。

 ああでも、確かに結界の消費魔力がほんのちょっと多い日があったかな。何かがぶつかったんだろう、とは思っていたんだけど。

 もしかして、あれって。


「ベンドルから派遣された間諜のうち、魔獣で王都に突っ込もうとした者は神獣様の結界で弾き飛ばされた。そういうことだろう」


「来るだけなら来てたんですね、ベンドルの人」


 推測を、テムはあっさり肯定してくれた。そうか、あれ魔獣と魔獣使いが頑張って王都に入ろうとしてたんだ。それを、テムの結界があっさり防いでいたわけで……でも、国境から王都って結構距離あるぞ? 国境越えるだけで力尽きた魔獣が、そこから行けるのか?


「人の住んでいない土地は、結構あるからな。そこに降りて休憩を取れれば、十分可能であろう」


 そこまで生きることができればだが、と言葉を続けて、メルランディア様がゆったりと微笑まれた。いや、どう見てもテムやエークが敵見つけたときと同じ獰猛な笑顔ですけどね。


「ただ、普通はそこに辿り着く前に魔獣が力尽きて、べしゃっとなるわけですね」


 サファード様も同じ笑顔で、手のひらを下にしてひょいと下げてみせた。ああうん、高い空から魔獣が落っこちてきて、べしゃっと。

 ま、そうなるよなあ。その前に高度を下げればいいんだろうけれど、そうしたらドヴェン辺境伯とかセオドラ様とかに撃墜されそうだし。

 にしても、あちこちに魔獣や魔獣使いが落っこちたのか。不毛な最期だなあ……多分、回収とか処置とかされてないだろうし。


「まあ彼らも、岩山の貴重な栄養源として、国内緑化の役に立ってくれていますよ。多分」


「あ、は、はい」


 あーあーあー、そりゃまた。

 水がないと植物も動物も生きられないけど、栄養がないとそうそう育たないからなあ。そうか、不毛な土地の栄養になってくれているのか。

 ……ベンドル王帝国。色んな意味で大丈夫なのかな、あの国。

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