55.おおかみととら
「ふしゃああああああ……」
「ぐるるるるる……」
「わおん! わんわんわん!」
結界の壁を隔てて、魔獣と狼の軍団が声を上げていた。
エークは一頭だけれど、既に魔獣としての本来の姿で殺気も抑えていない。それなのにノースウルフたちは引こうともせず、集団で攻撃の準備をしているかのように並んでいる。まあ、使役されてるならおかしくはないんだけど。
「エークリールの、魔獣の姿を見ても逃げないのう」
「使役術の支配下にあるんなら、恐怖心とか取り除かれてるだろ」
「なるほど」
テムにもそう説明すると、納得したように頷いた。こちらは相変わらず猫の姿のままで……ま、このままでも魔術も結界も使えるからいいか。
獣の使役術の基本として、確か使う獣から恐怖心を取り除くってのがある。要は、どんな相手にも立ち向かわせるためなんだけど。
自分たちの武器や盾として使う獣たちがさっさと逃げていったら、使う側からすれば意味がないもんな。
ま、それはともかくだ。
「エーク。結界を外すから、頼んだよ」
「にゃう」
お互いの間に結界を張ったままでは、双方攻撃できない。当然、ここは外すことになる。
なんで虎の姿になっても猫の声で返事してきたのかは知らないけれど、わかりましたということだろうからいいことにしよう。
「結界、解除」
その合図は、指をぱちんと鳴らすこと。特に理由があるわけじゃないんだけど、アシュディさんがやっているのを見たことがあって真似してたらすっかり身についたものだ。
と、その瞬間。
「ぐわああああおおおおおおう!」
エークが、虎の姿にふさわしい吠え声とともに地面を蹴った。そして、太い前足を無造作に、ノースウルフたちに叩きつける。
「ぎゃっ!」
「ばうっ!」
一頭が吹き飛ばされたのを見て、他の狼たちが散らばる。うち三頭ほどがエークに飛びかかり、仲間をひっぱたいた前足に噛み付いた。……あれ、牙通ってるのかね? エーク、平気っぽいんだけど。
「があおっ!」
「びゃいん!」
あ、前足に噛み付いてる狼にエーク、自分が噛み付いた。そのまま一頭引き剥がして、思いっきり地面に叩きつける。あと二頭、同じように剥がすつもりなんだろうか。
さて、こちらもエークの奮闘にだけ頼っているわけにはいかない。
ノースウルフたちがここではないところから移動してきた群れで、しかも使役術にかかっているということは……まあ、魔術師が近くにいてもおかしくないってことなんだよな。ノースグリズリーやノースボアのこともあるし。
「……テム。近くに、俺たちやこちら側の人たち以外の気配って、感じるか?」
「む? しばし待て」
こういうのは、俺より神獣であるテムのほうが得意だ。神様の使いだし、世界はほんのちょっとテム贔屓なんじゃないかって思うことがある。そのテムが俺に好意的でいてくれるのは、……まあ元特務魔術師で、魔力供給源だったからじゃないかな。
それはともかく、テムは即座に周囲の気配を探ってくれた。そうして、一つ頷く。
「マスターに少し似た気配が一つ、奥の大木の上にいるな。自身に魔術を施して、気配を消しているつもりのようだが」
「奥の大木」
エークが狼を殴りつつ他の狼の上を踏んで走ってる、その向こう側。林が始まっているその中に一本、ひどく太い木があった。視線だけでその枝を探っていくと……あ、いた。黒っぽいフードかぶった人が。どう見ても怪しいだろ、見つかりにくいけどさ。
場所さえわかれば、こっちのものだ。手に軽く魔力を込めてから、その人を狙うようにまっすぐ指を差した。
「風魔術。タイプピンポイント、シュート!」
「ぎゃっ!」
弓矢よりも早く、音も気配もほとんどしない、指先ほどの真空の球。それを素早く紡ぎあげて、木の上の人に叩き込んだ。うまく胴体に命中、衝撃でその人は木の枝から落下する。
けれど、地面には落ちなかった。
「そうら、こっちこーい」
「…………っ!」
テムが楽しそうに、その人を呼び寄せる。落っこちたその人を空中で魔力を使って捕縛して、その魔力をロープみたいに引き寄せてこちらに持ってきた。
その下をくぐるようにエークが走り、最初に吹き飛ばした個体が復活してきたところを鼻面ごと噛み潰して終わらせた。そうして、別の一頭の顔を思いっきり爪で切り裂く。
自分が使役しているであろう獣たちの惨状を見せつけられながらもがもがともがいているその人は、白っぽい髪の俺とそんなに変わらないくらいの青年だ。獣の革で造られた鎧と厚手の服は、知識として覚えたベンドル王帝国軍の装備に違いないな。
「しばしおとなしくしておれ。ああ、マスターが話を聞きたいだろうから自決も禁じておいたぞ」
「はは。ありがとう、テム」
こういうところはテム、気が回るんだよなあ。ま、確かにこの人から話は聞きたいけれど、それは俺だけじゃない。
一応、その辺りも教えておいてあげようか。この人に、覚悟を決めてもらうためにも。
「ブラッド公爵家の人たちも、きっとお話は聞きたいと思うんだ。ああ、あの方々は俺より強い……というか多分、あの魔獣より強い可能性もあるからね。腕っぷしとか」
「……!」
「案ずるな。我があの者たちに言うて、せいぜい十分の九殺し程度で収めてもらおうぞ」
あ、涙目。
まあ、お仕事なんだろうけれどここに来ちゃったのが運の尽きだと思ってほしい。
……さて、エークの方は。
「ぐわあああおおおううう!」
「ふしゃああああ、がうっ!」
虎パンチ、虎キック、虎しっぽアタック、噛みつき。
最後の一頭、ひときわ大きなボスと思しき個体の喉元にがぶりと噛み付いてエークは、大きく翼を広げた。
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