54.いぬとねこ

 がさがさ、がさがさと集団で動く音がする。低い位置からの音だから……ノースボアか、でなければ。


「防御結界、タイプ物理!」


 とりあえず、音の出どころと俺たちの間に結界の壁を立ち上げた。途端、そこにぶつかる獣の数が一、二……八体、と言ったところか。

 淡いグレーの毛並み、鋭く尖った耳、長く伸びた鼻。肉食獣の一種、ノースウルフの一群だ。

 ノースグリズリーと違って群れをなすタイプの獣で、だからこうやって複数で存在するのはおかしくない。家畜やペットとして飼われている犬系の祖、らしい。そういえば、コーズさんが使っている魔獣の中に、この姿を模した子が一家族ほどいたっけな。

 ただ、目の前にいるこいつら、色が薄いんだよなあ。


「今度はノースウルフか……群れてるのはいいとして、あの毛色はこの近くで見るタイプじゃないぞ」


「毛色?」


「毛皮の色。ここらへんで見るノースウルフって、もっと濃いグレーなんだよ。それに、こんな人里近くには出てこない」


 テムはあまり詳しく知らないだろうから、ざっと説明しよう。

 一口にノースウルフと言っても、それこそベンドル領内で生きてるやつからブラッド公爵領で暮らしてるやつまでいろいろいる。住んでいる場所によって、グレーの濃さに違いがあるんだってさ。北に行くほど、白っぽくなっていくんだって。

 この辺はノース、と呼ばれる種類の南限に近いので、かなり濃い色になっている。ここより南に行くと茶色が交じって、サンドウルフという種類に変わるんだ。……王都近辺、昔は砂漠だったそうだからその名残かもな。いつの名残だよ、周囲は岩山とかだし。


「人里には出てこない……というと、あれらは人に追われているのか?」


「餌の草食獣がね。群れだからそれなりにたくさん必要だし、ノースグリズリーにとっちゃウルフ自身が餌になることもあるから」


「……ふむ」


 さすがに、俺の結界はノースウルフには破れない。武装した兵士集団も防げるくらいには、強力に構築できるしな。

 それはそれとして、結界の向こう。更に増えてきたノースウルフたちが、こっちに入ってこようと体当たりを繰り返している。中にはわうわう吠えるやつもいて、何というか行動がワンパターンっぽい気がするんだけど。

 そのことにテムも気づいたようで、ふしゃーと毛を逆立てているエークを振り返った。


「エーク、あれらも使われておるのか?」


「にゃおん!」


 あ、大きく頷いた。さっきはノースグリズリーたちに続いてるからついそう考えてたけど、これはやっぱり推定ベンドルのちょっかいかよ。


「次から次へと面倒だなあ……熊や猪はともかく、狼は肉はちょっと」


「さすがに、狼はあまり食わぬか」


「毛皮はそれなりに使いでがあるんだけどね……」


 うん、多分考えてる方向性が相手の狙いとは違うと思う。ただな、重要なんだよ食糧問題は。

 ブラッド公爵領はまだマシだけどさ、北の地は取れる作物にも限りがあるから、獣の肉ってのは大事な食料源。ただ、その、ノースウルフってあんまり美味しくなくてなあ。

 おっと、今はそれどころじゃない。今は、結界の向こうで体当たりしたり吠えたりしてるノースウルフの群れをどうするかだ。あ、食いたくはないけどさ。


「しかし、なぜ普通の獣に村を襲わせるのだ? それなりの数の魔獣を差し向けたほうが、効率が良いと我は思うのだが」


 さて、推定ベンドルの仕業と理解したテムがそんな疑問を出してきた。

 まあ、効率を考えるならそうだと思うけれど、多分ベンドルの考えはそこじゃないと思う。ので、俺の想定を答え……というよりは推測として上げてみよう。


「魔獣に襲われた村より野生動物に襲われた村の方が、イメージとして自然災害と受け取られやすいんじゃないかな」


「自然災害?」


「もっと小さな集落だと、稀にあるからね。たまたま訪れたら、かなり前に大型の獣に襲われて無人になってたとか」


「なるほど」


 俺が小さい頃に聞いたことのある話を例に出したら、テムは納得してくれたようだ。

 現在のバート村から歩いて半日ほどの、小高い山の向こうにあった小さな集落。そこが、いつの間にか無人になっていた。そこに実家があった人が久しぶりに里帰りしたら、そうなってたらしい。

 家も畑も荒れ放題で、人や家畜の躯が野ざらしになっていた。で、その痕からしてノースグリズリーの餌食になったのだろう、ってことになってさ。

 ……この村から人がいなくなった一因、ともいわれている。そのグリズリーは、別の集落を襲おうとして公爵軍……というかサファード様の怒りの攻撃に打倒されたそうだけど。


「つまりあれらを操る者は、人ではなく獣が勝手に襲撃したとこちらに思わせたいわけか」


「そういうこと」


 集落の一件は、あくまでも食料を得ようとしたノースグリズリーがたまたま人間まで襲ったためだ。だが、ベンドルと思しき連中が人里襲撃を野生の獣の仕業に見せかけようとしたのなら、魔獣よりただの獣の方がそう思わせやすいはずだ。

 そして、この時期の連中の思惑なら。


「国境を越えてくるつもりのベンドル軍にしたって、この辺りを混乱させておいたほうが入りやすいって思ったんだろうね」


「そういうことか。理解した」


 バート村を含むブラッド公爵領は、ベンドル王帝国との国境近くにある。地形の関係で近隣にあるドヴェン辺境伯領よりも国境を越えにくいこともあって、正直護りが少し薄い……とは思う。今は俺とかテムが結界張ってるけどさ。

 なので、こちらを混乱させて回り込むという方法をベンドルが考えてもおかしくない。……ある意味俺、帰ってきてよかったかも。


「では、まずあの子犬どもをどうにかせねばなるまいな」


 狼の群れを子犬、と言ってのけた神獣は、自身に付き従う魔獣を振り返る。そうして、言い放った。


「エークリールよ。我の下につく者なれば、あの程度の獣屠ってみせよ」


「にゃ…………ぐわおおう!」


 猫の姿で一度頭を下げたエークは、その頭を上げると同時に元の姿……コウモリの翼をもつ黒虎の姿へと変じた。

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