53.護りの壁

 さて。

 バート村の周囲には、人の身長の……そうだな、二倍くらいの高さをもつ壁を造ってもらった。田畑や放牧地は一部壁の外にあるんだけど、住居は皆壁の中。公爵軍から派遣してもらった部隊の駐留所は、壁のすぐそばに建てられている。

 壁には外との出入りができる門がいくつかあり、その両側に俺は魔術の基礎となる魔術基石を埋め込んでもらった。魔力のある石に一定の紋章を刻み込んだもので、一度結界を展開すれば後は維持用の魔力を流しこんで維持できる。

 工事中は俺やテムで結界を展開して安全を確保してたんだけど、壁が完成したということでテストの上、今後は部隊の人たちに魔力注入をお願いすることにした。


「で、結界用の魔術基石にこう、魔力を注ぐ」


『おお……!』


 門柱から少しずれたところにある、基石を示す紋章に手をかざして魔力を送り込む。そうすると門の空間、そして壁自体がふんわりと微かな光を帯びるのが見えて、兵士の皆が感心の声を上げてくれた。


「王都守護魔術師団で開発された魔術で、結構力があります。できれば一日一回、こうやって魔力を補充してやれば小型魔獣レベルまでなら問題ないようです」


 ノースグリズリーやノースボアの件もあったので、結界は早めに動かすことにしたので機能を説明して、後は兵士さんたちに頑張ってもらう。また、ああいうのが襲撃してきたら嫌だしな。

 ちなみに小型魔獣レベルが防げるというのは、普通の獣なら大体やってこれないレベルだったりする。ただ、ノースグリズリーのでかいやつとかだと微妙かな、というところ。王都周辺には、あんなサイズの熊出ないし。


「あの、それ以上が出てきたら……」


「即座に逃げて、俺や軍など一番近いところに教えて下さい。一般人がいれば、誘導もお願いします」


 一人が手を上げて投げてきた質問には、きっぱりそう答える。

 この結界は敵意を持つ者や獣など、要は街中に入ってほしくない相手を寄せ付けないようにするものだ。それが効かない相手ってことはつまり、めちゃくちゃ強かったり意思が硬かったりする相手なので、警備の兵士だけだと正直一瞬でばっさり、だろう。

 いや、こういうところで結界で避けたい相手なんて山賊とか腹減らした肉食獣単体とか、そういうのだからね基本的に。警備兵ってのは、それより強そうな相手を見つけたら時間稼いで上役とかに報告したり近隣住民を避難させたりするのがお仕事だからね、うん。


「我やエークが近くに居れば即駆けつけるが……まあ、まずは逃げよ」


「にゃあおう!」


 来てくれればかなり強力な味方であるテムが、横から口添えしてくれた。一緒にいるエークも、人の言葉では話してないけどあれはやる気満々だ。

 何か知らんがさすがに猫系の外見を持つだけあって、エークもすっかり人には慣れた。たまに兵士さんたちにごろごろふにふにしてもらってる光景、見るんだよな。


「神獣様と、神獣様の配下の魔獣であれば確かに、強力な助けとなりますな」


「呼べば飛んでくるぞ。マスターの治める村を守ることは、我が誇りとなろう」


 テムはテムで、こう表で分かりやすく頼りにしてもらえるのが嬉しいらしい。そうだよなあ、王都じゃ地下にこもりっきりだったもんな。しかも、元王太子殿下とか宰相閣下がアレだったし。

 あ、そうそう。この人たちには、しっかり言い聞かせておかないと。


「あと、ノースグリズリーとかが集団で来たら本当に、速攻で逃げてください。ファンランはある意味特別なんで!」


「は、はい。わかってます」


「近衛騎士の実力、よく理解いたしました!」


 慌てて敬礼してくる兵士さんたちだけど、本当にわかってるんだろうかなあ。いや、本気でノースグリズリー五頭を一人で仕留めたファンランって特別だと俺は思うんだけど。

 ……でもノースグリズリーって、もしかしてアシュディさんやマイガスさんだと殴って絞め上げて終わる気がするのは気のせいだろうか。




「マスターよ。そなたの命あらば、我ががっつり結界を展開してやるのだが」


 壁の結界を張り終わって家に戻る途中、テムがそんなことを言ってきた。

 確かに、王都全域を範囲とした結界をテムは作ることができる。だけど、神獣の力にばかり頼っていては万が一のときに、どうしようもなくなるじゃないか。例えば、今の王都とか。


「王都は、テムに頼りすぎたために今の状況になってるからね。村も街も人間が作ったものなんだから、そもそも人間がしっかり守れないと」


 だから、それを俺は言葉にしてテムに伝えた。人間が怠けたり、テムの好意に頼りっきりになったりしてしまっていた結果、『神なる水』はいずれ消えることになる。


「やれやれ。だが、マスターがしっかり考えていることを我は嬉しく思うぞ。人が人を守るのは、何もおかしなことではないからな」


「うにゃー」


 テムは言葉で、エークは鳴き声で、同意してくれている。自分の考え方が間違っていない、と言ってくれているようで俺は、少し嬉しくなった。……本当に、今後はしっかりやっていかないとな。


 だけどさ。


「……ふしゃ」


 なんで昼間の襲撃から半日も経たずに、また何かよこしてくるかな。推定ベンドルの誰かさんは。

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