52.数が多い

「……あのう、ランディスさん、セオドラ様。ちょっと来ていただけますか」


 部屋に戻ってきたシノーペに頼まれて、俺たちとセオドラ様は村外れまでやってきた。ファンランがノースグリズリー、ノースボアを仕留めたその現場なんだけど。


「おお、姫、ランディス殿」


 こちらを振り返ったファンランの頬が、すっかり返り血に染まっている。ああうん、獣の血だね、匂いでわかる。


「……ファンランに姫って呼ばれると、なんだかくすぐったいわね……」


 一瞬だけ顔をほころばせたセオドラ様だったが、「それはそれとして」とすぐに表情を引き締めた。なぜなら。


「多くね?」


「多いわね」


「やっぱり、多いですよね」


 ファンランの足元に転がっているノースグリズリーは、五頭。大きさからいって、どれもこれも成獣であることに間違いない。

 その向こうに並んでいるノースボアは十頭……やっぱり、全部が成獣だ。工兵部隊の力を借りてしても、解体やら何やらに時間がかかるよな、これ。

 とりあえず、匂いを防ぐ結界を展開しておこう。ここにまた獣やら魔獣やら増えたら面倒だし……今のテムなら、エーク殺ってこいとか言いそうだけどな。


「多いのか?」


「ふしゃー」


 そのテムは、獣の躯を見ながら首を傾げていた。多分、こいつらの生態について知らないんだと思う。一般的な獣に触れる機会、殆どなかったからな。ただ、エークが何やら気が立っているのは気になるなあ。

 それはともかく、テムの疑問にはセオドラ様が答えを出してくださった。


「ノースグリズリーの成獣が一度に五頭なんて、本来はあり得ないわね。身体がこのサイズでしょう、食料の関係で一頭一頭が大きな縄張りを持っているのよ」


「なるほど」


 要は、人間でも大変な食糧問題なわけだ。特にこいつのような肉食獣となるとな。

 ノースグリズリーはただでさえ大柄な熊で、そうすると当然食べる量も多くなる。ただし北の地に住んでいるため、餌になる小型の獣とかに出会う可能性は温暖な地に比べれば少ないわけで……よって、餌を確保するために広大な縄張りが必要になるんだよな。

 それが、一度に五頭も出てくるとか普通はない。雑食のノースボアにしたって、同じことだ。


「ノースボアも……こどもを連れているならともかく、成獣十頭は多すぎるわね」


「ですよね……あらエーク、どうしたの?」


 呆れ顔のセオドラ様とシノーペに向かい、黒猫がうにゃうにゃ鳴いている。どうやら、何かを訴えているようなんだが……頼むからしゃべってくれ。俺たちには猫や猫系魔獣の言葉は分からないんだ。


「うにゃあ、うにゃにゃにゃにゃうん」


「……良いか、そなたはとっとと成長して人の言葉を話せるようになれ。面倒くさい」


「うにゅう……」


 テムに言われて、エークがめっきょり凹んでしまった。あーうん、通訳できるのテムだけだもんなあ。恐れ多くも神獣様に通訳してもらえるってのは、人間の立ち位置的にはどうなんだろう? ま、いいか。


「テム。エークは何て?」


「使役術の匂いがする、と言っているな。自身もかかっていた故に、敏感なようだ」


「にゃう」


 結局テムに通訳してもらった内容に、俺たち一同は思わず顔を見合わせた。使役術、ってつまり。


「使役って……魔獣使いとか、そういう関係の?」


「そうだ。そもそも、魔獣よりも一般的な獣の方が扱いやすいからな」


 今度は、セオドラ様の質問にテムが答える形になる。そうそう、王都に出てからアシュディさんとかが教えてくれたことがあったっけ。

 魔術師の中でも、素質を持つ者が魔獣使いとして魔獣を使役する。ただ、普通に野に生きてたり家畜として飼われている獣などを使役する術は、もうちょっと簡単に使うことができる。

 羊や牛を飼っている酪農家の中には、そういう魔術師を個人的に雇っているところもあるらしい。もちろん、大規模にやってるところじゃないとコストパフォーマンスがめっちゃ悪いらしいけど。


「ただし、普通の獣は簡単な命令しか聞けないので軍事用としてはだんだん、魔獣使いにシフトしていった……でしたっけ」


 シノーペの言葉に、皆がうーむと唸った。

 家畜への命令は簡単でいいんだよ。草食べに行けとか牛舎に戻れとか、そんな感じだし。ただ、軍として獣を動かすとなるとな。

 それに、普通の獣より魔獣のほうが能力は高いし、ものによっては魔術も使えるし空飛べたりもするし。なので、軍用として使役するなら魔獣、それを扱える魔獣使いを重用する、という感じになっていったわけだ。

 しかし、今回はどうやら普通の獣……とは言えノースグリズリーとノースボアという凶暴な連中を使ってきた、誰かがいるらしい。……ま、今の状況でこういうことするのって大体想像つくけどさ。


「……ベンドルのちょっかい、でしょうね。姉上と王都に報告しておくわ」


「ですよね」


 ふう、とため息をついたセオドラ様のお言葉に、頷くしかない。まったく、こっちはどうにか村の運営を軌道に乗せようかといったところなのに、面倒増やすなよなあ。


「あー。ファンランはこちらの作業は他の部隊に任せて、ちょっと報告書書いてくれるかな。ベンドル王帝国がちょっかい出してきた可能性があるから」


「承知したでござる」


 ともかく、セオドラ様が報告書を出すというならファンランにも書いてもらわないとな。というわけでお願いしたら、二つ返事で立ち上がった。……この数を倒したにしては、結構平気そうだな。

 と、テムが興味津々の感じでファンランに尋ねた。しっぽがぴーんと立ってるな、おい。


「ところでファンランよ。そなた、これを一人で仕留めたのか?」


「いえ、ボアの方は近くにいた兵士の方々のご助力をいただいたでござる。さすがにこの数は、苦労したでござるよ!」


「普通はグリズリーの方に人数を割くものなんだけど……」


 ……セオドラ様、頭抱えないでください。俺だって抱え込みたいよ、いや本当に。

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