47.おかたづけ

「ばか、な……」


 テムの前に平伏したエークリールの姿に、王太子殿下及びその取り巻き連中が呆然としていた。

 しかしエークリール、しっぽを身体の下に丸め込んできゅーん、という感じで完全降伏してるな、あれ。テムはあいつを、どうするつもりだろうな?


「ヨーシャが、ヨーシャの魔獣が、古臭い血統に負けるなんて……」


「お言葉ですが、王太子殿下」


 ……あー、何か王太子殿下、ムカつくセリフおっしゃってるなあ。

 俺と同じことを、同じ血を持つサファード様も考えたんだろう。つかつか歩み寄っていって、にっこり笑ってみせた。殺気バリバリだけどな……殿下、結界張っててもらって助かったな。


「『ランディスブランド』の血統が確立された頃、既にゴルドーリア王家は数代の歴史を重ねておりました」


「そ、それがどうした」


「つまり、王家は『ランディスブランド』よりも古い血統なんです。お分かりですか」


「うむ。『ランディスブランド』よりも古臭い血統の分際で、なぜそなたはそういう言い方ができるのやら」


 丁寧な言葉で、王家おまえんちのほうが古臭いんだよと言っても王太子には通じないよな。故にテムが、きっぱりはっきり言ってのけたわけなんだけど。


「貴様! 獣の分際でこの俺に、不敬だぞ!」


「神獣の我にその態度、そなたのほうが不敬であるぞ」


 王太子殿下、変なところでお怒りだな。だけど、人間より神獣のほうが立場が上ってのは基礎教養だと思ったんだけど……俺だって、小さい頃に両親から教わったし。テムの結界で王都を守ってもらってた国の王家なら、なおさら教えてるだろうに。

 そして、どうやらきっちり教わっているらしい公爵家の次女セオドラ様が、「あらいやだ、ゴルドーリアの民にとっては基礎教養ですのに」と大げさに呆れ果ててみせている。まるで演劇の俳優みたいだなあ……一度、アシュディさんに連れてってもらったっけ。


「貴族や王家は、あくまでも人間の中での身分が高位なだけですわね。神の使いたる神獣様とは、そもそも存在のレベルが違うというのに」


「それを理解しておられるようであれば、そもそも魔獣使いにテム殿を使わせようとしたりしないでござるよ」


「ファンランちゃんの言う通りよねえ。王太子殿下、宰相閣下もですけれど……お馬鹿?」


 セオドラ様、ファンラン、アシュディさんと寄ってたかってここぞとばかりに言葉をぶつける。不敬罪……はそうだけどまあ、今の状況は王太子殿下と宰相閣下率いる反乱軍をブラッド公爵軍が打ち倒した、という構図だと思うんでノーカウントかな?


「ところで神獣様。このどうしようもない王太子殿下周り、どうしたほうがいいですかね」


「……そうだな……あの王はまだ良いのだが、なぜ後継者がこれなのか理解に苦しむ」


 シノーペ、しれっとどうしようもないって言ったな。ま、確かに王太子殿下、今の言動見てもどうしようもないけどさ。

 テムの方は……最初に国王陛下にテムを紹介してもらったときに思ったけど、今の陛下のことは嫌いじゃないらしいんだよね。

 対して王太子殿下と宰相閣下は、これまでを振り返ってどこに好意を抱くポイントがない。だいたい、俺はクビにされたときのことを地味に根に持っているからな。せめて謝れ、と今でも思っているけれど多分、無理だろうなあ。

 ま、そのへんは置いておこう。俺が考えてもどうしようもない話だからな。


「直系の方が他にいないんですよ。傍系なら、うちも含めてあちこちに散らばっておりますが」


「では傍系に譲ることになるか。あの王のことだ、既に考えておるだろう」


 もしくは、ゴルドーリアの国号そのものを無くすこととなるか。

 テムが密やかな声で呟いた言葉を、俺は聞き逃さない。何というか、テムの声って結構遠くても聞こえるみたいだ。俺だけ。

 『ランディスブランド』の魔術師であり、テムがついてきてくれたマスターとしての特権みたいなもの、なのかもな。


「ま、それはそうとして。来ましたよ」


 ずっと笑顔のままのサファード様が、背後に何かを確認したらしく全力の笑顔になった。もしここにサファード様の内面を知らない女性がいれば一発で虜になってしまうであろう、イケメンの笑顔全開である。もっとも、メルランディア様が惚れたのはそこじゃないけど。


「ああ、荷馬車か。たくさん呼んだな」


「荷物なら普通に積み込めますけれど、一応生きた人間なのでぎゅうぎゅうに詰められませんから」


 テムとの会話が、内容はともかくひどく平和である。

 まあ要は荷物……ファンランが楽しそうに縛り上げた宰相閣下及びガンドル侯爵軍、あとこれから縛ることになるだろう王太子殿下と近衛騎士団を積み込んで王都に返送するための馬車軍団が到着したわけだ。

 一応積荷になるのが人なので、人を乗せる用の馬車である。ただし貴族を乗せるようなクッションの効いた椅子がついてるやつじゃなくて、傭兵とか乗せるための丈夫なやつ。

 王太子殿下とか、こういうのには乗り慣れてないだろうから……王都につく頃には尻痛いだろうなあ。まあ頑張れ。


「さあ、ひとまず積み込んでください。皆さんの尋問は、王都でやっていただくことにしますから」


 見る人が見れば殺気しか漂っていない笑みを浮かべたサファード様の指示に部下たちと、それから縛られ済みの兵士たちが素直に従った。あーうん、王都に帰ったほうがきっとマシだよね、いろいろな意味で。

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