46.神獣と魔獣

「ふむ、マスターの方はひとまずケリがついたようだな」


 ひとまず、白目剥いて泡吹いてるヨーシャを適当にぐるぐる巻きにしていると、感心したようなテムの声が届いた。

 というかお前ら、もしかしてこっちに気を取られてたとか言う? エークリールもこっち見てるし。

 ただ、テムはともかくエークリールが引く気はないようだ。主であるヨーシャの敵討ち、とかかな?


「ああ。そちらは相変わらず、やる気のようだな」


「うむ、そのようだ」


「後は頼むよ、テム」


「任せおけ」


 ともかく。

 俺はヨーシャ・ガンドルを倒した。魔術師同士の戦いで。

 だったら魔獣エークリールの相手は、このまま神獣システムに任せるべきだと俺は思う。そして、任せた。


「キャスくん、あれでいいのお?」


「俺はいいと思ってますよ。テムも久しぶりに、外で暴れたいだろうし」


「まあ、それもそうねえ」


 声をかけてきたアシュディさんに答えると、納得してくれた。

 ずっと王城の地下で結界を張っていてくれたテムは、外に出てから結構楽しそうなんだ。こういうときくらい、ひと暴れさせてやってもいいんじゃないかな。


「一応、結界掛けておきますね」


「そうねえ。あ、このお馬鹿甥っ子もらっていくわね」


「どうぞどうぞ」


 俺が防御結界を張っている間に、アシュディさんはヨーシャを引きずっていった。うんまあ、王都に持って帰ってもらうまでは無事でいるだろう。多分。


「ぐるるるるる……」


「使役者が倒れても、抵抗をやめぬか。まあ、ここで引けはせんだろう」


 一方、エークリールは気を取り直したのかテムに向かって唸っている。まだまだ、負けはしないぞと踏ん張っているように見えるなあ。

 テムの方は、余裕しゃくしゃくという感じだ。ま、エークリールの親を倒してみせたらしいし、その子供が親のレベルまで成長していなければそうなるか。


「ぐぉ、があああああっ!」


「ふむ」


 そのエークリールが、地面を蹴った。翼を広げ、滑空してテムに飛びかかり、爪で攻撃を加えようとする。

 まあ、アレだけ真っ直ぐだと俺でもわかるもんな。テムもそうで、すいっとほんの少し横にずれるだけでその攻撃をかわした。もっとも、更に移動して翼にぶち当たるのを防ぐことも忘れてないけれど。


「がうううう!」


「今度はこちらの番であるな! はあっ!」


 もちろん、そのままおとなしくしているテムではないので即座に反撃にかかる。大回りしてエークリールの背後に位置し、そこからふわりと真上に飛び上がった。え、と気配に気づいて上を向いたエークリールの顔面に、テムのおっきい猫パンチ爪付きが炸裂する。


「ぎゃっ!」


「とう!」


 で、そのパンチの反動でエークリールから距離をとって、くるんと回転しつつ着地したテム。すぐに走り出しながら、自分の目の前に雷の玉を作り出す。

 完全無詠唱の魔術なんて、魔術師としては一度やってみたいよなあ。いや、無理だけど。最低でも発動するための一言は必要なんだよな、人間の魔術師って。少なくとも俺は、無言で魔術ぶっ放す魔術師は見たことがない。


「ぎぃやあああああ!?」


 雷の玉を眉間にぶつけられて、エークリールが叫びながらごろごろと転がる。ああ、あれ麻痺属性入ってなかったのか。どっちにしろ、痛いだろうなあ。


「いや、そこまで強かったか?」


「テム殿、眉間にぶつけられたら痛いでござるよ」


 おや、と首を傾げたテムにファンランがツッコミを入れた。……ところでファンラン、なんでヨーシャの縛り方が変態芸術的に変わってるんだ。縛り直したのかお前。


「ぎゃう……がおお!」


「戦い方が直線的すぎる。本体おやには及ばぬな……がおうっ!」


 何とか立て直そうとしたエークリールの前に立ちはだかり、テムが吠えた。

 ああ、発声と同時に風と、そして炎の魔術が発動してる。要はテム、熱風を吐き出す形でエークリールに放射したわけだ。


「ぐああ!」


 エークリールの方もそれをなんとか防ごうとして、風の魔術を放った。二頭の間で風同士がぶつかり、こちらにまで影響が出て……あちちちち。


「防御結界、タイプ温度!」


 慌てて熱を遮断する結界を張って、何とか影響を防いだ。しかし、さすがテムの魔術だなあ。風と混じってめちゃくちゃ熱い空気だった、結界で防いでなければ焼けてたかも……あ、俺の前髪ちりちりになってる。マジか。

 そんな俺の事情はさておいて。テムの熱風が、じりじりとエークリールの風を押していっている。そうしてテムは、更に魔力を上乗せしてみせた。外から見ると、さらに強く吠えたという感じになる。


「おおおおおああああああ!」


「ぐおおおお……ひいっ!」


 あ、一気に熱風がエークリールを包み込んだ。あれは熱いよな、さすがの魔獣も悲鳴を上げてもんどり打つよな。

 ごろごろごろ、まるで身体についた火を消すかのように必死で転がってる様はかわいそうというか、可愛いと言うか。だって大きい猫だし。まあ、燃えてるわけじゃないんだけど熱いよな、うん。


「ぐぎゃう! ぴいいいいっ!」


「ははは! エークリールとやら、貴様本体おやのレベルに達するには百年早い!」


 そうしてそんなエークリールを尻目に、神獣システムは勝利の雄叫びを上げた。

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