48.そして、後始末

 王太子殿下その他諸々を積み込んだ馬車軍団は、マイガスさんとアシュディさんに率いられてブラッド公爵領を後にした。途中で食事させるのも大変なので、かなり早足で進行したという噂が届いている。

 ……食事はともかく、その他は大丈夫なんだろうか? ま、俺が気にすることじゃないけどさ。


 さて、それから十日ほどして俺とテムはランドのブラッド公爵邸に呼ばれた。時間を考えると、王都から連絡が来たんだろうなあ。あの連中、どういう処分になったやら。


「どんなオチになったか、教えて下さいね? ランディスさん」


「自分も興味があるでござるよ。ぜひぜひ、お願いするでござる。ランディス殿」


「あ、はい、わかりました……」


「任せよ。あれらの話をネタに、今宵は飲むぞー」


 興味津々の顔で送り出してくれた、シノーペとファンランに留守を任せて俺は今、メルランディア様の前に膝をついている。

 テムは普通の猫みたいにお座りして、興味深げにしっぽをゆらゆら。獅子の姿なので、結構太いしっぽなんだよなあ。……ちなみに神獣は平気で酒を飲む。ザルである。あらーうらやましいわー、とは話を聞いたアシュディさんの感想だ。

 とりあえず、神獣のお酒耐性は置いておこう。今目の前には、領主であるブラッド公爵メルランディア様がおられるのだから。


「楽にして良い。此度の騒動、よく収めてくれた。礼を言うぞ、キャスバート・ランディス」


「は、はい。ありがとうございます、メルランディア様」


 あ、声でわかる。メルランディア様、すごーくご機嫌だ。許されたので顔を上げると、隣に立っているサファード様が苦笑してるな。

 もしかしてあれか、王太子殿下御一行を王都に運ぶ前にランドに寄らせてぶん殴ったとか蹴ったとか踏んだとかって噂、本当だったのか。そりゃまあ、機嫌良くなるよなあ。お腹にお子様がおられなければ、あの場で一番暴れてたはずだし。


「神獣システム様、我が領地の護りにご助力いただき深く感謝いたします」


「うむ、苦しゅうない。我は、マスター・キャスバートに力添えをしておるだけだからな」


 テムには敬語で、頭を下げるメルランディア様。俺とかシノーペやファンランとか、王都でテムと会ってる大体の連中は敬語使ってないな。一応、テムが怒らないからいいんだろうとは思ってるんだけど……人間より偉い神獣、なんだよなあ。テムって。


「ところで、マスターの友人どもが連れ帰った愚か者どもはどうなったのかな? そろそろ、何らかの連絡が来てもよかろう」


 そのテムはよほど例の話に興味があるらしく、自分から尋ねていった。ああうん、あれから十日なら普通に馬が行って帰ってこられる時間だからな。


「はい、来ておりますよ」


 神獣の質問に答えてくれたのは、まあやはりというかサファード様だった。その手に持ってるの、多分王都からきた報告書ですよね?


「ゼロドラス殿下は王族の籍から外されました。ひとまずは取り巻き共々、東の鉱山にて鉱石発掘の任に就かれるようです」


「……責任者としてではない、のだな?」


「もちろん、新入りの採掘者としてです。近くに置いておいては、我が子故どうしても甘い判断になるから、ということのようですね」


 あーうん、そうなったかあ。国王陛下、もともと一人息子である殿下については甘かったからね。

 今回の話で積もり積もったものが爆発したんだろうなあ……お身体、大丈夫かなあ。後継者問題もこれからあるし。


「宰相閣下とその甥も、貴族籍を剥奪されていますね。ヨーシャ・ガンドルの義理の親となった宰相の弟が一応家を継ぎましたが、ガンドル家は子爵家になったとのことです」


「残ったんですか」


「取り潰し、という話もあったようだがな。王都からの移民をかなり受け入れているようで、この状況で領主を家ごと変えるのは混乱の元になる、ということのようだ。最も、次はないだろうが」


 宰相一族の話に、思わず声を上げた俺にメルランディア様がきっちり説明をくださった。ああそうか、移住者の問題があったんだな。

 次があったら……うん、ブラッド公爵領をそうしようとしたように、王家直轄領にしてしまうだろうな。別の貴族に領地を任せるより、それが一番早いもの。


「当の元宰相と甥っ子だが、王都の地下だそうだ。今後かれるであろう『神なる水』を護る結界の魔力源として、頑張ってもらうらしいぞ」


 そうして宰相たちの処分に話が及んだところで、思わず俺とテムは顔を見合わせた。

 たった二人、ではないだろうが王都の結界の魔力源って、どれだけ保たせるつもりだろう?


「……ああ、さすがにあのお二方では王都どころか王城ですら守れませんよ。そんな魔力、ありませんから」


 俺たちの顔を見て気がついたのか、サファード様が苦笑顔で口を挟んでこられた。ああまあそうだよなあ、王都全部を守れた結界はテムの力によるもので、人間では数十人、数百人を動員しなければとても無理な規模だからな。


「王都の地下に湧き出している『神なる水』の水源、その周りだけを護る結界を魔力のこもった石などで構築したそうです。お二方にはその場に留まっていただいて、石に魔力を流し込む任務をお与えになったとか」


「……その規模であれば、まあ可能か。どうせあの二人だけでなく、加担した者共にも同じ任務が与えられておるのだろう」


「ええ、神獣様のお考えのとおりです」


 あー、そういうことか。

 第一王子殿下や元宰相閣下の勢力を、鉱山送り組と結界展開組に分けて配置してあるんだ。多分、どちらにも監視の目が光っている。次に何かやらかしたら、もう何もできなくなるように、処分を。


「詳しいことは報告書の写しを渡すから、酒の肴にでもせよ。酒が不味くはならないはずだ」


「はは……楽しみにさせてもらいます」


 メルランディア様のお言葉がどうもこちらの考えを見透かしているようで、ちょっと冷や汗をかく。案外、このご夫妻も酒の肴にしたのかもしれないな……いや、メルランディア様はお酒、駄目だよね。


「それと、もう一つ肴のネタをやろう。キャスバート・ランディス」


「え、あ、はい」


 改めて名前を呼ばれたところで、思わず姿勢を正す。メルランディア様の表情と声が、真剣なものになっていたからだ。


「今そなたが住んでいる土地、改めて調べたが正式な名が失われておる。そこで、命名権と長の地位をそなたのものとしよう。これは此度の働きへの、領主としての褒美だ」


「……え」


 え、いやちょっと待て、それってえーと。


「つまり、故郷の村長にしてやるので名前を考えてください、ということですよ」


「ほほう。我がマスターが、村長ということになるのか。それは確かに、酒の肴に……いや、宴のネタになるな」


 あの、サファード様、分かりやすくてありがとうございます。しかし、俺が村長ですかマジか。

 あとテム、これをネタに宴会したいんだなそうなんだな?


「お、俺で務まりますでしょうか?」


「いきなりは難しいだろうが、我が家から補佐としてセオドラを派遣する。鍛えられるが良い」


 うわあ、マジですか。多分拒否権ないな、これ。

 セオドラ様に鍛えられるって、実務よりも戦闘能力のほうが可能性高いけど……でもまあ、なあ。


「他にも、実務に詳しい者を出しますよ。これから移住者も増えてくるようですから、領主家としてその辺りをお願いしたいんです。王都の事情は、キャスバートのほうがよくご存知でしょう?」


 そしてサファード様にそう言われては、拒否しようがないというか。

 確かに俺は王都にいたから、あちらの人たちとの交渉事とかなら何とかやれる気がする。気がするだけだけど……シノーペもファンランもいるしな。

 というか、もうやるしかない状況だし。


「……わ、分かりました。拝命します」


「うむ。よろしく頼むぞ」


「頑張るが良い、マスター。我は人の政のことはよく分からんが、護りは任せよ」


「はは。まずは勉強、頑張ってくださいね」


 あーもう、故郷に戻ってきてのんびりできるかと思ったら無理だった。

 でもまあ、仕方ないしがんばるか……父ちゃん母ちゃん、俺村長になっちゃったよー。

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