43.魔獣使い見参す

 思わず後退した俺たちと、王太子殿下たちの間に割り込むように降り立ったのは……魔獣だった。

 背にコウモリの翼を広げた、漆黒の虎の姿。何というか、テムと対極にあるって感じ?


「伯父上、王太子殿下! ご無事ですか!」


 そうしてその背中には、どう見ても王都守護魔術師が一人。……団長の印である特殊なマント着てるのは、確かアシュディさんが「アタシ下っ端にされちゃったのよお」って言ってたっけな。

 つまりアレは、アシュディさんを押しのけて団長の座に座った、宰相閣下の義理の甥っ子。


「よ、ヨーシャ!?」


「な、なんだその獣は!」


 サファード様の足元から引っ剥がされてファンランに縛り上げられている宰相はともかくとして、王太子殿下が何やらパニクってる様子。他の面子も……というか、マイガスさんやアシュディさんまで唖然としてるのは何でだ。


「おい、あいつ魔獣使いだったのか?」


「そうじゃないか、とは言われてたけどお」


 あー……そういうことか。うっかりしてた。

 魔術師の中には、魔獣を使役できる魔獣使いという能力を持つ人がいる。ブラッド公爵領にはたまにいるレベルなんだけど、それ以外の土地ではかなり珍しい部類らしい。そんなわけで、サファード様やセオドラ様が平然としてるんだよね。


「コーズの魔獣よりは強そうですね」


「一点特化型じゃないですか? コーズは数多く使ってますから」


 って、コーズさんってメルランディア様んとこの執事だよね? あの人、魔獣使ってたんだ。見たことないから知らなかったけど!

 いや、そこまで近い人が使ってるのなら、そりゃ平気だよこの二人は。

 で、どうやら甥っ子ことヨーシャはこのことを秘密にしていた……んだろうな。向こう側の反応を見ていると。


「お前、エークリールを連れてきたのか!」


「はい! 今こそその時だ、と思いましたので!」


 宰相と張本人は空気読め、と言いたいところだけどまあ、ヨーシャが気合入っているのがよく分かる。そうか、あの魔獣はエークリール、というのか。


「エークリール……うーん」


 あ、テムが首捻ってる。見た目で見覚えがあるのか、名前に聞き覚えがあるのか、どちらかかもしれないな。頑張って思い出してくれ神獣様。

 それはともかく。多分宰相閣下におかれましては、ちょうどいいところに強力な援軍がやってきた、って感じなんだろうなあ。王太子殿下にも隠していた、文字通りの隠し玉として。


「え、えーくりーる?」


 目を丸くしながら魔獣の名前を復唱した王太子殿下に向かい、宰相閣下はとっても晴れ晴れとした笑顔で「はい!」と大きく頷いた。あ、これかなり本気で形勢逆転だ、とか思ってるぞ。ファンランの変態的な縛り方の餌食だけど。


「我が甥ヨーシャは、優れた魔術師であると同時に魔獣使いでもあります。あの魔獣エークリールは、我が領地の辺境を荒らし回っていた猛獣をヨーシャが使役獣となしたもの」


「なんと……」


 朗々たる説明を、王太子殿下はひどく感心した表情で聞いている。あー、これは勝ったっていう顔になった。

 いや、実際にどうなんだろう? 俺は、テムの能力に問題があるとは思っていないけど……実際、ちゃんと戦ったところなんてろくに見たことないからさ。


「……つまり、その魔獣使いをこちらの戦相手として差し向けるというわけですね? 宰相閣下」


「そうだ! 我が甥ヨーシャの使役術、とくと見るがいい! 『ランディスブランド』も神獣も、あれの手にかかれば!」


 サファード様の問いかけに、宰相閣下がまた上から目線で言ってきた。……大丈夫か結構フルボッコにされてるんだけど宰相閣下?

 あと、サファード様のこめかみに青筋がびきびきに入っていることにも気づいてないし。よくご存命でいられるな、宰相。


「義兄上、それ邪魔だと思いますよ」


「そうですね。ファンラン殿、適当に置いておいてください。邪魔にならないように」


「承知したでござる。しょーもない同士討ちでは、ガンドル侯爵家の恥でござろうからな」


 セオドラ様、既に宰相をそれ扱いである。サファード様も同じくらいの扱いだし……というかファンラン、片手でぶら下げてちょっと離れたところに置くのは荷物扱いか。まあ、お荷物に近いだろうけどさ。

 その宰相を見咎めて、ヨーシャが叫んだ。


「ええ、すぐお助けしますからね伯父上! いくら神獣とは言え、力のない魔術師に使役されたものなど」



「あ゛?」



 一瞬、空間自体が凍ったかのように思えた。人間どころか、エークリールまでもがびくついて一歩下がったな、うん。

 そうして、たった一言でこの一帯をそんな空気に変化させた神獣はのしり、とゆっくり踏み出す。


「そこな魔獣使いよ。今、何を言うた?」


「え、え?」


「誰が、我を、使役したと?」


「な、んだと?」


 ……あー、テムは怒ってる。自分が、神獣システムが誰かの使役獣として使われている、なんて言われたから。

 というか、どうもあちらの認識がおかしいよな。


「ランディス殿、使役魔術使えたでござるか?」


「できるわけないだろ」


 ファンランの疑問にサクッと答えてみよう。だいたい、確かにブラッド公爵領には魔獣使いが他より多いけどさ、俺にはその能力はないんだよ。案外、特務魔術師の選定基準にそのあたりがあるかもしれないけど、俺は知らないからな。


「というか、神獣様って使役できる存在なんですか」


「どうなのかしらねえ? マイちゃん、知ってる?」


「魔術師が知らねえのに、俺が知るわけないだろ」


 シノーペとアシュディさんが首を傾げ、話を振られたマイガスさんはうんざりとした顔になる。

 そう、魔獣使いは魔術師の中から出てくるのだから、獣の使役術も魔術の一つである。近衛騎士であり魔術師ではないマイガスさんが、そこら辺知ってるとはとても思えないし、実際知らないようだ。

 ……だいたい、神獣を使役しようなんて考える自体ちょっとわけがわからない。テムは俺のことを気に入ってくれたから、俺についてきてくれたんだしな。

 そのへんであのヨーシャという魔獣使いは、ひどくテムのプライドを刺激したんだろう。どうするんだよ、これ。

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