44.魔術戦

「ぐるるるるる……」


「……あ、思い出した」


 唸り声を上げるエークリールを見ていたテムが、ぱたんとひとつしっぽを振って何かに納得したような声を上げた。


「思い出したって、何が」


「エークリールとやら、だ。あの容姿、どこかで見たことがあると思ったのだが」


 へえ、あの魔獣を見たことがあるのか。というか、思い出したってことは今の今まですっかり忘れてたってことだよな。

 もっとも、王城の地下で結界張り続けてどれだけ経ったのかしらないけれど、遠い昔の話だろうしなあ。忘れるかな、うん。


「かつて王都に攻め入ろうとした愚か者が使役していた魔獣にシークリッドというのがおったのだが、あれに似ておる」


「ぐわあう!」


 あ、魔獣の名前にエークリールが反応した。なるほど、そういうことか。


「あれは我が潰したのでな、あのエークリールとやらはおそらく分体こどもだ」


「こども?」


 サファード様が、おやという感じでテムに聞き返す。神獣や魔獣が繁殖する、という話はあまり聞かないからな。ただ、魔獣が結構討伐とかされてるのに未だに出現するのだから、何らかの手段で増えているというのは間違いないんだが。

 その辺りを、テムはちゃんと知っているようだ。だから、言葉にして教えてくれた。


「人や獣と同じような生殖ではなく、己の魔力を紡ぎあげて作る生まれ変わり……とでもいうか、まあそんなものだ。一応、子供に違いはなかろう?」


「ああ、まあ確かにそうですね」


 背中の翼を大きく広げ、エークリールはずっとうなり続けている。やつが睨んでいるのは間違いなくテムであり、今のテムの話を聞けばその理由は簡単にわかる。


「ということは、あれは親の仇に出会ったのでやる気になったでござるな」


「そういうことですね……」


 ファンランの言い方に、シノーペが頷く。

 ま、ですよねー。数十年だか数百年だか行方のわからなかった親の仇が目の前にどーん、と現れたらやる気になりますよねー。

 ……勝てるかどうかは別の話だけどさ。正直、エークリールの実力がとんとわからないので俺には分析できない。


「んで、どおすんの? アレ」


 呆れ顔でこちらをチラ見したアシュディさんの言葉をかき消すように、ヨーシャが叫んだ。


「キャスバート・ランディス! 神獣システム! 貴様らのような役立たずの謀反人は我ら、ヨーシャ・ガンドルと魔獣エークリールが成敗してくれるわ!」


「よ、よーし! あれらを倒した暁にはヨーシャ、お前を我が重臣として取り立てよう!」


 おお、便乗して王太子殿下まで吠えておられる。宰相閣下は……ありゃ、いつの間にか猿ぐつわ済みだ。マイガスさん、楽しそうにサムズ・アップしないでくれ。いやまあ、一国の宰相に猿ぐつわ噛ます機会ってそうそうあるものではないけどさ。

 しかしまあ、アレを放っておくわけにはいかないな。あと、ご指名だし……ということで、俺は足を進めることにした。「……ランディスさん?」と名を呼ばれて、呼んでくれたシノーペの方をちらりと振り向く。


「向こうから俺たちの名前を呼んでるしな。ちょっと行ってくる」


「はい、行ってらっしゃい。あの『荷物』には被害が及ばないよう、がんばりますから」


「頼むよ、シノーペ。他の皆も」


 軽く手を振って、どんどん進んでいく。テムの横に立ったところで、サファード様とセオドラ様の声が背後から響いた。


「ブラッド公爵領代表として、頑張ってくださいね」


「負けたらぶっ飛ばすからね、キャスバート」


「はい!」


 うわあ怖え。いやマジでぶっ飛ばすだろうからな、セオドラ様。メルランディア様がここにおられなくてよかったあ、と軽く胸をなでおろした俺と、テムの視線が合った。


「向こうが魔術師一人と魔獣一体なら、こちらも同じ数でいかないとな。テム」


「良い心がけであるな、マスター」


 そうして同時に頷き合うと視線をヨーシャたちに向けた。軽く手を差し伸べて、手招きちょいちょい。いや、やってみたかったんだよなあ挑発。さすがにアシュディさんとかマイガスさん相手にはできないし、速攻叩き潰されるのが分かってるし。

 ただ、ヨーシャにこの挑発はちょっと効果があったらしい。一瞬くわっと顔をひきつらせて、すぐに叫んだから。


「は、覚悟はできたようだな! 行け、エークリール! クソ生意気な魔術師と神獣を叩き潰せ!」


「ぐわあああおおおう!」


 瞬間、エークリールが地面を蹴ってテムに飛びかかってきた。あーいや、こっちだって素で受け止めるつもりはないからな。


「クソ生意気だってか。防御魔術、防御結界!」


 即座に、短く詠唱して防御系を二重にかける。先に身体の防御力を上げる魔術、その後から攻撃を受け止めてくれる結界。これなら先に結界が攻撃を受け止めてくれて、結界が壊れてもまだ身体の防御力は上がったままで戦える。

 ……逆だと防御魔術がかかりにくくなるんで、この順番は間違えるなよと厳しく言われたんだよね。アシュディさんとテムに。


「では、いざ参る!」


「ぐわう!」


 防御力の上がったテムが、降ってきたエークリールの顎に自分の額を叩き込んだ。頭突きでアッパーって、結構たいへんじゃないかな、お互いに。

 と、ヨーシャがこっちを狙ってる。放とうとしているのは……あ、雷系だ。多分、麻痺で動きを止めたがってる。


「はっ、貴様の相手はこの俺だ! 放て雷、動きを止めよ!」


「防御結界、タイプ電撃!」


 即座に跳ね返す結界を目の前に展開、ばちりと電撃を弾くことに成功した。ふう、危ないなもう。


「な、なんだと?」


 いや、そこで何でお前さん、驚くんだよ。相手の放つ魔術を把握したら、ちゃんと防御なり反撃なりの魔術を準備して放つのは当然のことだろう?

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