41.どうやって送ろうか
「ひとまず、王都の水のことは後にしましょう。何しろここは王都から遠い、ブラッド公爵家の領地ですもの」
ふむ、とひとつ頷いてセオドラ様は話を変えることにしたらしい。ま、ここで王都の水がどうのなんて言っていても始まらないしな。
「そうですね。何しろ、王都の水がかれるより先に目の前の敵対勢力をどうにかしなくてはいけませんから」
その考え方はサファード様も同じだったようで、だから彼はニコニコ笑いながら近づいていく。目標は王太子殿下、その人だ。ところで手にぶら下げたままの魔術師、そろそろ離してやってくれませんか。あ、離したと言うか落とした。
「う、嘘だデタラメだ! そんなこと、聞いたことはっ」
「いや、今はっきりと、神獣様自らおっしゃったことですけれど」
「で、殿下! 落ち着いてくださいっ」
パニックを起こしてる王太子殿下と、その前で意地悪な笑顔してるんだろうサファード様。あと、殿下周囲の連中がそろそろ麻痺切れたのか慌てて主を抑えにかかってる。悪いなあ、駄目上司の相手はそちらに頼んだ。
「まあ、水がかれるにしろかれないにしろ、神獣様の結界なしに今の王都を護るというのはさすがに無理がありますしね。住民が移住を進めているのは良いことです」
「何だと!」
「神獣様の結界任せで、今までなかった防壁を今必死で構築中なんだそうですね? ベンドルが攻めてきたとして、そんな即席の壁で防げるとお思いですか? ああ、近衛騎士や王都守護魔術師の酷使という手段はなしですよ?」
サファード様の質問に答えようとしていた王太子殿下の口が、最後の文のところで停止した。なるほど、つまりそういう手段で王都を死守しろとか命じるつもりだったんだな、この馬鹿王子。
「ガンドル軍部隊、だいたい拘束終わったでござるよー」
一瞬静まり返った空間に、どこかのんきなファンランの声が響いた。全部ぶちのめした後、せっせとロープで縛りまくっていたようだ。……なあ、何か芸術的と言うか変態的と言うかな縛り方されてるのが散見されるが、あれ何だ?
「お疲れ様あ、ファンランちゃん。ところでこれ、趣味なの?」
「美しいでござろう?」
「……趣味なのね。まあいいわ、適当に集めましょ」
何やら、あのアシュディさんが遠い目になっているから特殊性癖とかいうやつ、なんだろうな。よし、気にしないことに決めた。
ところで、適当に集めたとしてその後どうするんだ? 解放してやるから自分の足で帰れ、つって言うこと聞くとは思えないしなあ。
「どうやってお帰りいただきましょうか」
「ああ、それなら俺たちが王都に戻るときに運んでいきますぜ」
「そうねえ。うちの子たちもいるし、台車に積んでいってもいいものねえ」
同じことを考えていたサファード様に対し、マイガスさんとアシュディさんがそう申し出てきた。それ、要するに荷物扱いで運ぶってことですか。王都まで四日はかかるんですが食事とトイレはどうするんですか、なんて思ってしまったけれど。
「そっちだけならいいんですが、あちらもありますので」
『あー』
サファード様が示したのは、結界の中に閉じ込められたままの王太子御一行であった。……あっちには馬車もあるんだけど、当然ガンドル軍部隊まで積み込めるだけの数はない。かといって、ランドやうちまで運ぶのもなあ。
解決策を編み出したのは、なぜかテムだった。
「では、数日ばかりここに野営してもらおうではないか。何、我がてきとーに結界を展開してやる故魔獣に襲われる心配はないぞ」
「てきとーなのか、テム」
「野営するのに、雨風を簡単に避けられるのは腹が立つ故な」
要するに先送り、もしくはランドなり王都なりから人員運搬用の馬車や台車をもってくるための時間稼ぎである。テムの結界展開能力の高さは俺がよく知ってるし、ぶっちゃけ全力で一度張ったら一週間はメンテナンスの必要がないレベルだからな。
……ま、その全力をやるとテムは明日一日爆睡することになるんだけど。王都でも何度かやったことあるからな、知ってる。
「おのれブラッド公爵家! この俺を、王太子をこんな場所に放置するというのか!」
「戦の最中であれば、そんなことはしょっちゅうですよ? ベンドルとの国境地帯でなくてよかった、と思ってください」
「やたら寒いですもんね。我が領地の北の端って」
この状況で王太子という身分を振りかざせる馬鹿王子、ある意味感心するけどさ。ブラッド公爵家お二方の言葉にはかなわない……そりゃ地元だし、この人たち。
ゴルドーリア王国とベンドル王帝国との国境地帯は、荒野と山と森。特に冬の夜は気温が下がって、今俺たちが着ているような普通の服装だとまず凍死するらしい。うち付近だとそこまでは寒くならないけれど、それでも冬はしっかり着込まないと風邪を引くんだよなあ。
それに比べればこの辺り、ブラッド公爵領最南端はまだまだ普通に生活できる。寒冷地仕様じゃなくてもちゃんと野営できるし、それにテムが魔獣よけの結界を張ってくれるならゆっくり寝られるはずだ。
そうやって、迎えの部隊なり送りの部隊なりが来るのを待っていればいいわけで。まさか、食料持ってきてないとか言うなよ? 予備の食料や水なんて、当然持っているはずだからな。
「……む」
ふ、とテムが空を仰いだ。あれ、何か嫌な予感がする、んだけど。
「ぐおおおわおううううう!」
「え」
唐突に、空を切り裂くように魔獣の吠える声が響き渡った。
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