40.水
「とりあえず、寝とけてめえら!」
……マイガスさんが近衛騎士かどうかはもう、どうでも良くなった。というか、剣も抜かずに拳握ってガンドル軍兵士を殴り倒していくさまは何というか……ああそう、子供の頃にガキ大将がケンカ相手をフルボッコにした感じ?
「どこを殴っても、きっと痛いでござるよお!」
その隙間をかいくぐるようにファンランが、ジュッテとやらで敵の腹とか首筋とか向こう脛とか殴り飛ばして……あれ、ソードブレーカーじゃなかったっけ? いやまあ刃ないし、鈍器扱いでもいいのか。
「結界再強化~。シノーペちゃん、そっちはどお?」
「はい、大丈夫です! お味方に強化魔術、掛け直しますね!」
魔術師コンビは、王太子部隊を拘束してる結界とこちらの連中にガンガン強化をかけている。結界の方はそろそろ、中の兵士たちの麻痺が取れるからなあ……いやもう、あれだと当分何もできないと思うけどね。
で、そのそばから兵士が一人ぽーんと飛んでいった。セオドラ様の蹴りの犠牲者であり、今強化がかかったばかりの結界にぶつかる犠牲者でもある。がんばれ。
「セオドラ、程々にしないとメルの分がなくなりますよ?」
「だって、今の姉上にこんなの殴らせたら姉上が汚れます」
「なるほど」
ブラッド一族は……ああ、足元に宰相がずたぼろになって伸びている。それを助けに行ったガンドル軍も同じように周囲で倒れ……あ、サファード様がまた一人殴り飛ばした。涼しい顔なのが、逆に恐ろしいよなあ。
「き、貴様ら!」
ある程度片付いたところで、何とか意識が現実に戻ってきたらしい王太子殿下が声を張り上げた。結界の向こうから。
「宰相とこの王太子ゼロドラスに対する行為、我がゴルドーリア王国に対する謀反とみなす!」
「だーかーらあ、国王陛下の親書をもってこちらは行動しているの。陛下の印を掲げてね」
まだそんなこと言ってるのか、といった感じの呆れ顔で、アシュディさんが親書をひらひらさせた。適当な兵士の襟首掴んで引きずりあげて、「はいこれちゃんと見てねえ」とかやってるる。兵士さん、「は、は、はいっ」と涙目で頷いてるなあ。
「つまり、王太子殿下と宰相閣下の勢力こそがゴルドーリア王国への謀反、ということなんですが、ご理解いただけますか」
大げさに肩をすくめて、マイガスさんが言ってのける。……正式にはこういう場合、国王陛下の紋章が入った旗を掲げた方が正規軍らしいんだけど……まあ、親書にも紋章あるしね。略式として認められてるとかなんとか。
「義兄上、王位継承権所持者の王国への謀反って意味があるんですか」
「少なくとも、さっさと王位を譲ってほしいご本人にとっては意味があるんじゃないですか? こっそりやらないだけ、まだ可愛らしいものですが」
「わけがわかりません!」
どかどかと兵士を蹴り飛ばしているセオドラ様、ご自身が王位継承権お持ちなんだよね。とはいっても、自分が王様とか面倒くさい……なんて絶対考えてそうだけど。だから、王太子殿下の行為にわけがわからないと言えるんだろうな。
「というかだな、愚か者ども」
ひとまずガンドル軍がだいたい伸されたのを見越して、テムがのっそりと歩き出した。進む先にいるのは……ああ、王太子殿下か。
「貴様らがつまらぬ陰謀を巡らせるから、このような面倒事になったのだ。そも、我がマスター・キャスバートを王都から放逐しなければ我は今でも、王都と水を守っていただろうにな」
「ひっ!」
結界越しの対面なのに、王太子殿下の顔はものすごく引きつっている。多分、テムが獲物を狙う獣の顔してるんだろう。こちらからでは、テムの顔は見えないからな。
そうして我らが神獣様は、人間からしたらかなり衝撃的なことをのたまってくださった。
「よいか。古き王との契約が破棄された時点で、我が王都に留まる理由はなくなった。彼の地を守る理由である、『神なる水』の湧出が終了するからな」
「へ?」
「は?」
『神なる水』。あーまあ要するに、王都に住んでる人と家畜と植物とその他諸々を養っている水のことだ。王城の地下から湧いて、王都のあちこちにある噴水とか池とか水飲み場とかの水源になっている。
遠い昔、王都のある場所は砂漠の真ん中だった。そういう場所でも人は住んでいて、その人たちの願いに神様が答えて水を湧き出させてくれた。ので、神なる水なんて呼び方がされている、らしい。
この辺り、地方によって伝承の細かいところがが違うんだよなあ。昔むかしの話だから、伝わってくるうちに尾ひれがついたり逆に削られたりしたんだろうな。
ていうか、その水が出てこなくなる、とテムは言ったのか。
「神獣様。この方々には、もっと分かりやすくお教えしないと無理ですよ」
「ああ、そうだったな。馬鹿者ども、であった」
横から口を挟んでこられたのはサファード様で、その手には敵の魔術師が一人ぶら下がっている。泡吹いてるから、気絶してるのかなー。あーあ。
「つまり、王都を支えていた豊富な水が、今後は湧き出さなくなるということだ。せっかく、神が、人を哀れんでもたらしてくれたものだったのになあ」
「な、なんだ、と」
サファード様の忠告に従って、テムがものすごく分かりやすく王太子殿下に教えた。その言葉の意味はさすがに理解できたようで、結界の向こうの皆が呆然としているのがわかる。神獣の言葉を疑う者は、いくらなんでもいなかったみたいだな。
「……というか、そういうものだったのですか? 我々の世代には、そこまで詳しくは伝わっていないので」
「伝わっていないのか。まあ、仕方あるまいな。ここまで愚かな子孫が出るとは、当時の王は思わなかった……我もだが」
サファード様の問いに、テムはぱさりと翼を羽ばたかせながら答える。王太子殿下とその取り巻きたちが一瞬たじろいだのは……多分、テムが睨んだんだな。翼のある獅子だもんな、こわいよなあ。うんうん。
「契約を交わしたときの王は、今の王に似て少々お人好しな部分があったからな……どうしてこうなった」
「はあ。それはまあ、僕も思いますが」
「ひっ」
あ、サファード様も一瞬王太子殿下睨んだだろ。いや、確かに国王陛下のご子息なのに王太子殿下、本当にどうしてこうなった。
多分、今セオドラ様がぐりぐりいたぶってる宰相閣下が一緒にいたから、な気がするけどね。
「だがこれで、今の王が国を……少なくとも王都を終わらせることにした理由は分かったであろう?」
「そうですね。『神なる水』がなくなれば、王都の人民を養うことは不可能ですから」
そしてまあ、王都から人を脱出させることにした国王陛下のお考えの意味がよくわかった。
もう、今の王都に未来はないってことだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます