34.国境付近の不穏な状況

「……あー、どうしてあの阿呆どもは、阿呆と言うしかない行動を取るのだ?」


 テムの声が部屋中に響いたところで、俺は顔を上げた。他の皆も恐る恐るという感じで顔を見せてくれて、その中でテムが出した疑問に答えたのはファンランだった。


「阿呆で馬鹿だから、ではないでござるかな? テム殿」


「なるほど」


 いや、なるほどじゃないだろ二人とも。確かにその答えには頷くところがあるけれど。


「あらやだファンランちゃん、本当のこと言っちゃ駄目でしょ?」


「これでも割引したつもりでござるよ?」


「だな」


「そうですよねえ。ファンランさんは言葉を選んでると思います」


 アシュディさんもマイガスさんも、シノーペまで頷いてるけど……ま、いいか。どうせ内輪の話だ。これが外に漏れてるんなら、この家に誰か潜んでるってことだからな。


「……まあ、阿呆で馬鹿はともかくだ」


 ぱん、といい音がした。マイガスさんが、自分の両手を合わせた音だ。近衛騎士のトップでもあるこの人の手のひらは、皮がとても厚くなっているせいで叩くと本当に皮のような音がするんだよね。

 そして、その張りのいい音に俺たちは自然と姿勢を正した。猫の姿のテムまでぴしり、と背筋を伸ばしたのは……可愛いな、うん。


「ここに来る道中でアシュとも話し合ったんだが、この後宰相閣下がやりそうなことの予測をざっと伝えとく。もちろんこの辺りも、公爵ご夫妻にはお伝え済みだ」


「まあ、簡単な話なんだけどね。ブラッド公爵領を王家の直属領にした上で、ベンドル相手の壁に使うつもりじゃないかなあって考えてるわ。神獣様とキャスくんを使えば、できないことじゃないでしょう?」


 ブラッド公爵領は、ゴルドーリア王国の北側の端に位置する。もちろん他にもドヴェン辺境伯領とかあるんだけど、でもベンドル王帝国との国境にあることには違いない。

 その場所にある領地を王家直属領にする理由……まあ今の状況なら、そういうことだよな。もちろん、最前線に押し出すのは公爵家が抱えている軍だろうし、俺とテムだろう。んで王太子殿下とか宰相閣下は、後ろからのんびり眺めているわけだ。

 そういった考え方は皆理解できていて、テムも「そのくらいはわけもないが」と言ってのけてからふん、と鼻を鳴らす。


「だからといって、我は神獣システムだ。あの愚か者共の言うなりになるのは、まったくもって御免こうむる」


『ですよねー』


「……で、ござる」


 テムの宣言に全員同意。ファンラン、いちいち語尾つけなくていいと思うぞ、俺は。

 というか、今更なんだよなあ。

 王都から俺を叩き出しておいて、そのせいでテムまで出てきてしまったから王都の護りが薄くなった。

 それを近隣諸国が察知して、中でも王都を自分たちの手にしたいベンドルが侵攻の準備を進めている。

 で、王都に入られたくない連中がブラッド公爵領を盾にして守ろうとしてる。


「せめて、謝ってくれればちょっとは考えなくもなかったのに」


「そうですよね。自分たちの判断がおかしかった、と言ってくださればよかったのに」


 思わず口にした本音に、シノーペが頷いてくれた。まあ、考えるだけであって結論がどうなるかは……多分変わらないんだけど。さすがに、これまでやられたことを考えるとなあ。


「ちなみに、ベンドルの動きは判明しているのでござるか?」


「国境ギリギリのところに、正規軍の配備が始まっているようだ。国境の砦を有している、ドヴェン辺境伯からの情報提供だとさ」


辺境伯領あちらにも別口で特使が行ってるはずだけど、どうなのかしらねえ」


 ファンランの質問には即座にマイガスさんが答え、アシュディさんがふっと遠い目になる。……そっか、あっちにも特使が行ってるのか。まあ、これから敵が攻めてきそうだから頑張れ、くらいは言わないといけないだろうし。

 ……こっちにマイガスさんやアシュディさんが派遣されたのは、多分宰相組の動きをこっちに教えるためだよな。対処だけは何とかなるだろうけど、いつ頃来るか分かったほうが動きやすいし。

 とそこまで考えて、何というか変なところに気がついた。

 宰相閣下とか、最初からブラッド公爵領とか盾にするつもりでどうにかしたほうが良かったんじゃないの? 何で最初はあくまでも王都防御だったんだろう?

 目の前におえらいさん二人いるし、意見を伺ってみるかな。


「そう言えば今気づいたんですけど……宰相や王太子殿下、国境抜かれる前提で話してるっぽいですよね。王都の護りがどうのこうのって」


「あら、そういえばそうね」


 指摘してみたら、アシュディさんが目を丸くした。あれ?


「アタシたちはそもそも王都を護るのがお仕事だから、あんまり気にしてなかったけど」


「内乱ならともかく、他国の侵攻ならまず軍備増強すべきは国境線だものな。あー」


 ああ、団長二人してうわーって顔してる。

 そうだ。アシュディさんは王都守護魔術師団団長で、マイガスさんは近衛騎士団団長。どちらも護る対象は王都、ないし王家だから「王都を護るため」って話題は当然のことなんだ。なるほど。


「まあ、国境を護るのは国境警備団や辺境伯家のお仕事ですもんね」


「ブラッド公爵家にとっても、重要なお仕事でござるな」


 シノーペとファンランの認識が、まあ普通の認識ということになるか。辺境の問題は、辺境に配置された者共が対処すべき問題だってことだ。

 つか、そこに割り込んでくるなよな宰相閣下、と多分王太子殿下。いやまあ、おそらくは国王陛下とか周辺の貴族に怒られたり嫌味言われたりした結果、名誉挽回のつもりで出した策なんだろうけどさ。

 まあ、テムや団長組曰くの阿呆と馬鹿の策略は置いといて。


「ドヴェン辺境伯はどちらかと言えば、宰相寄りの中立でしたっけ。動いてくれますよね?」


「そこまで馬鹿じゃないでしょ。ドヴェン家、ベンドルとは根本的に相容れないもの」


 俺の考えすぎかな、って感じの疑問にはアシュディさんがサラッと答えてくれる。

 ドヴェン辺境伯家はその昔、ベンドルが攻め込んできたときに大いに活躍した家の一つである。当時の当主が向こうの貴族軍に首取られて、後継者が即座に首取り返して相手の首とって、と言った感じだったらしい。

 そういうこともあって、今でもその相手の家とお互いに不倶戴天の敵だ、って公言してる。なお、お相手の家はベンドル王帝国を統べる王帝家の筆頭貴族になってるはずだ。

 なら大丈夫かな、うん。


「その辺りは、サファード様にお任せするのが良いでござろう。あの方のことだ、様々な場所に隠密でも潜入させておるでござろう」


「そりゃそうだな。いろんな裏は公爵家が探っているだろ、俺たちは俺たちがやるべきことを考えねえとな」


 結論としては、ファンランとマイガスさんの言う通りだろう。ここはブラッド公爵家の領地であり、当主一族が自分の領地と周辺の情勢について随時調査していないはずがないものな。

 だから俺たちは、南から向かってくる内側の敵を相手にする方法を考えよう。ま、とりあえず結界だろうけどさ!


「結界ならば、我に任せよ。マスターとマスターの友、仲間はこの神獣システムが、護り通してやろう」


 テムも、こんなこと言ってくれてるし。ありがとうな。

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