33.国王特使の不穏な情報

 サファード様が視察に来られた、五日後。突然の来客が、うちに来た。


「ようキャスバート、元気そうで何よりだ。ファンランは役に立ってるか?」


「団長殿!?」


 ファンランが目を丸くして。


「キャスくーん、会いたかったわあ! シノーペちゃんはお役立ち?」


「ランダート団長!?」


 シノーペがあわわわとばたつく。気持ちはわかるぞ、二人とも。

 というわけで、来客はきちんと正式な武装したマイガスさんとアシュディさんだった。というかアシュディさん、出会い頭に全力ハグはやめてください潰される恐怖が……あ、でも汗かいてないしふんわりと漂う愛用の香水がいい香りだ、じゃなくて。


「これ、アシュディよ。我がマスターを窒息させるでない」


「あらやだ、ごめんなさいねえテム様。久しぶりだったものだから、つい」


「ついではない。獅子の我も苦しかったのだ、マスターが苦しくないわけがなかろうに」


「はい、本当にごめんなさあい!」


 大きくため息をついた猫テムの指摘で、何とか離してもらえた。

 あーうん、前に結界のテストとかで会ったときにテムにもやったんだよね、アシュディさん。もちろん、テムの許可を得てからだったけど……結果十数秒で苦しいからはなせー、となったわけだ。神獣って一応呼吸はするらしい……しなくても生きられるんだけど、ってテムは言ってたな。

 ま、それはともかくとしてだ。


「どどどどうしたんですか一体! しかもお二人揃って!」


「ん、国王陛下の特使。部下も何人か連れてきてるぜ」


 思わず怒鳴りつけるように声を出してしまったけど、マイガスさんはへらっと笑って答えてくれた。その横からぺらっと、アシュディさんが書簡を広げてみせる。


「はい、正式なお墨付き。シノーペちゃんと仲良しの子たち連れてきたから、後で会ってあげてねえ」


 うん、確かに国王陛下の直筆で二人の名前を記して「この者たちを余の特使とする」みたいなことを書いてある。あと、二人の発言は国王陛下の発言と受け取ってもらって構わない、全権を託すなんて感じのことも。


「うわ本当だ」


「は、はい! ありがとうございます!」


 とりあえず現実を確認した俺の横で、シノーペが久しぶりに同僚に会えることを喜んでいる。あー、俺がクビになって速攻ついてきたからなあ。いろいろ話もしたかっただろうし、良かったな。……ファンランはそういうのないのかね?


「……国王陛下お墨付きなのは確認しましたけど、どういったご用件でこちらに?」


「そうねえ。それをお話に来たわけなんだけど」


「公爵ご夫妻と妹君には既に話を通してある。お前さんたちも当事者なんだし、きっちり話はしとこうってことになってな」


「分かりました。ひとまず、応接間にどうぞ」


 玄関先で、国王陛下の特使を立たせたまま応対してるのは結構問題だ。この二人だから笑って許してくれてるんだけど……だからともかく、奥に通すことにしよう。




「いらっしゃいましい。ぼっちゃんが王都でお世話になったそうですなあ」


「ああいや、キャスバートにはこちらが世話になってましたよ」


 お茶を持ってきてくれたのは、ちょっと前に雇い入れた使用人のおばちゃん……というか、昔隣に住んでたライザさん。

 旦那さんのおっちゃんと一緒にランドに住んでたんだけど、俺が帰ってきたのを知って面倒見たげるわー、とやってきたんだよね。ただ、元の家はちょっと荒れ気味だったのでせっかくだから住み込みでどうぞ、ということになった。

 ちなみにおっちゃんは、うちの庭のお手入れをしてくれてる。何か二人とも俺の両親に世話になったんだってさ、ありがたいなあ。


「国王陛下も、キャスバートくんには大変感謝しています。ですので、今回問題を起こした王太子殿下と宰相閣下には大変お怒りなんですよ」


「あたしとしては、ぼっちゃんが帰ってきてくれて嬉しいですけどね。それに、国王様が良くしてくださってんなら何とかなりましょう?」


「はい。そういうこともあって、自分たちがこちらに来たんです」


 あ、アシュディさんの口調がおとなしい。そうか、相手選んで口調を変えられるんだ……ていうか、そうだよなあ。そうでないと、王都守護魔術師団団長なんて偉い地位に立ててないよなあ。

 さて、国王陛下の名前つけてこの二人が来たんなら、あんまり人に知られたくない話なんだろう。人払いしないとな。


「ああ、用事があったら呼びますんで、ライザさんは休んでてください」


「はいな。お客さんがた、ゆっくりしてってくださいねえ」


 すっと引き下がってくれるライザさん。こういう人だから俺は、うちに住み込みでも構わなかったんだ。……他にも元近所の人とかいるけど、だいたいあたしも話聞きたいとか何度もお茶を淹れに来たりとか、面倒くさい人のことが多くてなあ。

 ばたん、という扉が閉じる音に意識を現実に戻して俺とシノーペ、ファンランにテムは話を聞くことにした。多分、ろくでもない話だろうけどさ。

 そして、本当にろくでもない話をいきなりぶちまけてくれたのは、口調に怒りがこもったアシュディさんだった。


「実はねえ。世にも稀なる頭脳の持ち主であらせられる王太子殿下と宰相閣下がね、ブラッド公爵領を王家直属領にしちゃえって実力行使に来るのよ」


『はあ?』


「俺たちがこっそり王都を出てきたときには、王太子配下の近衛軍と宰相配下の正規軍部隊が準備中だった。多分二、三日中にはブラッド公爵領に到達する」


 マイガスさんの言葉に、俺たち全員……猫テムも含めて全員が頭を抱えた。いやいやいやいや、いくらなんでもそりゃないよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る