32.移住希望者たちの動向

「僕の部下を数名つけて、丁寧にお返ししました。キャスバートは、気にしなくて構いませんからね」


 宰相私兵部隊の送還をお願いしたサファード様は、翌日には工兵部隊の視察がてらそんなふうに言ってこられた。しかし、その喧嘩相手が増えて楽しそうな笑顔はどうかと思うんだけど、まあいいか。


「ありがとうございます、サファード様」


「いえいえ。うちの領民に対する非道ですからね、当主配偶者として当然の判断ですよ。そのあたりに関する抗議も兼ねてますから、大丈夫です」


 どうやら、部隊にくっついてった部下の人にそこらへんみっちり書き連ねたお手紙を持たせてるらしい。宰相に渡すのか、国王陛下に渡すのか、ついうっかりお城の中でばらまいちゃったりするのかは……多分、全部だと思う。


「それと、ランディス家周りの防壁の構築を急がせますね。王太子殿下と宰相閣下のことですから、本気で近衛騎士なり正規軍なりを差し向けてくるかもしれませんので」


「あ、はい。お手数おかけします」


 その後の言葉に、俺はマジで頭を下げた。いや、今でも結構早く造ってると思うんだけどさ。

 でも、俺ごときを暗殺するために人を差し向けてきたわけだし、この後どこまでも暴走する可能性はなくもない。そんなこと、やってる場合じゃないんだけど。

 と、俺の肩の上でふにゃらんとダレている猫仕様のテムが口を開いた。


「その程度、我の結界があれば問題ないぞ? 馬鹿者の兵だけでなく、北の国の軍でも止めてみせようぞ」


「ありがたいお言葉ですが、神獣様のお力を今の時点であまりおおっぴらに出すべきではない……そう、僕は考えています」


 テムに対してサファード様が返した言葉に、ふと気がついた。

 今の時点で、おおっぴらに。多分、誰かに見られたくないからだ。今、見られたくない相手なんて、まあ大体目星がつくけどね。


「……ベンドルのスパイに、あまり見られたくないってことですか」


「ええ。それに、神獣様を追い出したということで王都の脆弱さが逆に広く知られそうですから」


「その程度は、既に広まっておろうな。商人や貴族の動きを見れば、外の国でも推測はできる」


「まあ、そうなんですけど」


 サファード様の言いたいことはすごくわかる。テムが作る結界の能力は、普通の魔術師が作るそれの何倍にもなるからなあ。

 いや、普通は一部隊をまるっと拘束して動きを止めるなんてやつ作ろうと思ったら、詠唱と魔力にどれだけかかるやら……実際にそういう状況に立ち会ったことないから、俺は知らないけど。

 ただ、テムの言うように貴族の一部が自分の領地に引っ込み、それを追うように王都の商人たちが移住することが外に伝われば、少なくとも王都に何かあって弱くなっている、ということは簡単に推測できる。

 だからこそ、ベンドルからの侵入者が増えてきてるんだろう。おかげでサファード様、また数名叩き潰したそうだけど。

 さて、サファード様の言葉は続く。ただし今度は、どちらかと言えば俺たちに向けられたものだけど。


「宰相閣下がキャスバートと神獣様を王都に戻したいのは、神獣様の結界を取り戻したいからです。その力をベンドルの上層部が知れば、どうすると思いますか」


「同じことを考えます、か? ランディスさんとテムさんを自陣に引き込んで、南下する軍の護りに使おうと」


「例えばですが、メルがその立場であればそう考えるでしょう。もっとも僕の場合、守ってもらうより敵を潰したほうが早いと考えるたちなので」


 質問に答えると、サファード様は満足げに頷いてくれた。あーまーそうだよねー、サファード様ならそう考えるよねー。

 後多分、テムの結界を使えるならこう、敵を押しつぶすための壁代わりに使うと思う。この人なら。


「宰相閣下の一派がしょうもないところに気を取られている間に、王都住民の移住が始まっています。現在移動した住民のうち、王都よりも南の貴族領に移る人がほぼ八割、といったところでしょうか」


 本当にサファード様、というかブラッド公爵家、こういう情報はしっかり持ってるよなあ。そりゃ、特に戦争になるかもしれないこの状況で、早めに情報を得るってのはとっても大事だけどさ。


「残りの二割のうち、こちらに来るのはどれくらいであろうか」


「場所が場所ですから、千人も来れば多いほうかと。ただ前にも言いましたがサンディ・ドラム亭はこちらに来てくれますし、他にも一部の近衛兵や魔術師の家族が移ってくるようです」


 テムの質問にも、サラッと答えてくれる。千人なあ……うちの集落にはちょっと多すぎるけど、ブラッド公爵領全体で吸収するならどうにかなる人数……かな? 農民とかならともかく、基本的には商人やら兵士の家族だからあまり田舎は向いてない気がするし。


「ちなみに、余裕はあるのか?」


「土地でしたらまあまあ、ですね。ランディス家周りほどではありませんが、ランド近くに人の少ない集落もありますし」


「あ、でも農作業とか慣れてない人が大半ですよ」


「そのあたりは、個々で確認すべきですね。商人と言っても、元は自分で作った農作物を売っていた、なんて方もおられますし」


 まあ、俺が考えるようなことをサファード様……いや、メルランディア様や配下の人たちだな。彼女たちが考えていないわけがないか。どうにかなるんじゃないかな、と思う。

 ともかくこちらは、王太子殿下と宰相閣下がとんでもない馬鹿やらないことだけを祈るとするか。

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