31.面倒な相手を封じ込め

 結局出たとこ勝負で行こう、ということになった数分後。


「……まあ、結局こうなりますよね」


 俺たちの目の前には、まるっとテム製結界に包まれた宰相私兵部隊。馬に乗ってる二人だけ先行してきたので、その二人は別の結界に閉じ込められている。

 何かこっち見て言ってるみたいだけど、結界を展開したテムは音声を通さないやつを作ったようで何も聞こえませーん。こっちからの声は聞こえてそうだけど。


「人を見た瞬間武器を向けるなど、非礼にも程があるからな。敵であればともかく、一応己の配下たる公爵領の民であろうが」


 ふん、と獅子の姿に戻ったテムの鼻息が荒い。

 いやまー、村の結界から俺たちが出てきた瞬間剣先突きつけようとしたからね。結界で止めてもらって助かった、と思ってほしいよ。

 俺は魔術師としては普通くらいだけど一緒に来たシノーペの魔術の威力は大したものだし、ファンランはこの若さで近衛騎士をやってるだけあって剣技の冴えがすごい。

 それに、だ。


「義兄上がおられなくてよかった、と思ってくださいね?」


 セオドラ様が、結界に向かってにやにや笑っておられる。あのですね、美人なんだから表情はもう少し考えて……ああうん、声には絶対出さないよ。セオドラ様のツッコミ、うっかりすると物理攻撃になるから。

 そして、そのセオドラ様がここにいなくてよかった、とおっしゃる相手がサファード様だ。


「……サファード様、それほどお強いのでござるかな」


「これは領民の噂ですが、ブラッド公爵領の戦闘力の半分は義兄上だとか何とか。ああ、もちろんうちの兵士たちは普通に強いですけれど」


「は?」


 自分の疑問に対してセオドラ様が出した答えに、ファンランの目が丸く大きくなる。

 ま、そうだよなあ。ブラッド公爵家で抱えている軍隊全部と、サファード様のお力が同等ってことになるんだもんな。領地の人たちは少なくともそう考えているし、実は俺もそう思っている。


「つまりサファード様がおられることで、ブラッド公爵軍は本来の二倍の強さを持つわけですか……」


「実際はどうなのかわかりませんけれど。ただ、このくらいの人数であれば義兄上お一人でお片付けになりますね。ええ、それはもう綺麗さっぱり」


 シノーペが感心しているところに、セオドラ様がしれっとそんなことまで言ってくる。……自分ちの軍隊と同じくらいの戦力ならまあ、さもありなんだけどさ。

 一応公爵当主の配偶者なんで、ちゃんと側近とか影とかがいつもついてるはずなんだ。実際は、その人たちもちゃんと戦うんじゃないかなあ、とは思う。見たことないから知らんけど。というか、そんな一方的な蹂躙見てみたいような、見てみたくないような。


「さて」


 サファード様の戦闘能力はともかくとして。

 テムが、馬に乗ったまま結界で捕まえている人たちの方に、視線を向けた。あ、今、結界の性質ちょっと変えたな。


「この部隊の長はお前か。言葉を許す故申し立ててみよ」


「き、貴様あ! 獣の分際で言葉を許すなど」


「があお!」


 声を外に出せるようにした瞬間、テムを罵倒するとはやるな。さすが宰相閣下の個人的な部下。もちろん、嫌味だけど。

 それはともかく、テムのひと吠えでビビって口を閉じるあたり、大したことはないんじゃないだろうか。


「恐れ多くも、これまで王都を護りし神獣システム様に対し失礼ですよ」


「し、神獣だと」


「それと、私はブラッド公爵当主の妹セオドラです。私の言葉は、当主メルランディアのものと同等とお思いくださいませ」


 テムの素性を教え、ついでに自分の素性も名乗った上にセオドラ様は、しっかりと言ってのけた。

 要は、セオドラ様に喧嘩売るならブラッド公爵家に喧嘩売るつもりで来いや、ということだ。メルランディア様とセオドラ様は仲良し姉妹だし、今メルランディア様はお子を宿しておられるからサファード様とセオドラ様がお守りする気満々だし。


「くっ……」


 さすがに、推定隊長と副隊長は黙り込んだ。いや、二人だけ馬に乗ってるならそうだろ。セオドラ様もそう言ってたし。

 公爵領内で、領主名代とも言える相手に喧嘩を売るのは不利だってこと、ご理解いただけたようで何よりである。

 さて、とりあえずこちらの疑問に答えてもらおうかな。


「えーと。俺がキャスバート・ランディスですが、どうして宰相閣下は俺を連れ戻したいんですか」


 俺の質問に、多分こっちのほうが服の装飾が豪華なので隊長らしいおじさんが慌てたように口を開いた。


「し、知らん! ただ、貴様が勝手に王都を逐電したのを特別にさし許すと」


「突然解雇した上にさっさと王都から出ていけ、とおっしゃったのは宰相閣下ですので、そのお言葉に従っただけですが」


「しかも、王には自らやめたと虚偽申告したそうだが」


「それから、仕事場や宿舎にあった私物を勝手に廃棄しようとしましたよね」


「挙句の果てに、王都を出たところで近衛騎士に命じて闇討ちしようとしたでござるなあ。ああ、あれは王太子殿下でござったか」


 あ、つい最後まで言う前に口答えしちゃった。というかテム、シノーペ、ファンラン、ここぞとばかりにまくしたてるなよ。でも、ありがとう。……というか、俺、たった一日二日の間にひどい扱いされまくったわけだ。よく平気だったなあ。

 まあ、マイガスさんやアシュディさん、ここにいる皆のおかげなんだけどさ。


「そういえばあやつら、その後息災か? 少々プライドが傷ついたかもしれぬが、自業自得というものぞ」


「お噂は伺いましたけれど、さすがにダサいですわねえ」


『き、貴様らあ! よくも国王陛下の近衛騎士に恥をかかせおって!』


「ひひひいん!」


『ぎゃっ!』


 テムとセオドラ様がとどめを刺したところで、隊長たちの怒りが頂点に達した……んだけどさ。動こうとしたところで馬が嫌がって身体を跳ね上げたんで、二人が落馬した。いやまあ、結界でうまく引っかかったんで打ちどころは悪くないみたいだけど。


「……セオドラ様。サファード様にお願いして、この人たち返品しましょう」


「その方がよさそうですね。姉上か義兄上から一筆したためていただいて、お帰りいただきます」


 結論、やっぱり帰れということでいいや。

 いやもう、いっそのこと宰相なり王太子なりが自分で怒鳴り込んできたほうが対処が楽……かどうかはともかく、周辺への被害が広がらないだろうし。

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