30.王国内の面倒な事情

「ところで……実は、文面以外にも問題があるんですよね」


 シノーペとファンランがひとしきり王太子殿下と宰相閣下への不満を述べ終わったところで、セオドラ様がすごーく困った顔をした。

 本気で何でここまで上から目線の文章が書けるのか、あと俺への謝罪が一言もないとかテムのことを使役獣か何かと間違えてるらしい内容とか、いろいろ問題のある文面なんだけど……それ以外にもあるのか。


「この書状を持ってきたのが、宰相の私兵部隊なんですよ。今、ここの結界の外でお待ちです」


「……部隊?」


「部隊です。騎乗した隊長、副隊長に歩兵が十五名、あと使用人とかその他いろいろ」


 ものすごく自分の耳を疑ったのは、発言されたセオドラ様以外全員だろう。

 上から目線で、自分たちの過ちを認めない呼出状を、何で一部隊動かして持ってくるんだ?


「何をしてるでござるかな宰相閣下は!?」


「たかが手紙一通持ってくるだけで一部隊動かす必要があるんですか!?」


「何故、あの王にそのような宰相がついておるのだ。あと馬鹿息子」


 まあ大体、皆の感想も似たようなものだよな。それからテム、それは数年前から王都ではこっそり噂話のネタになってる。

 このあたりは、一番知ってそうなのはシノーペかな、と思ったら多数派の推測を出してくれた。


「王太子殿下におかれましては、幼い頃に乳母が全力で甘やかした説が有力です」


「ああ。人格形成に過ちがあった、ということか」


「少なくとも、表に出てきた時点であのような性格でしたからねえ」


 納得したテムに、セオドラ様が補足情報を出してくる。

 そうなんだよねえ……王太子であるゼロドラス第一王子殿下、今の国王陛下の後継者として表舞台に現れたときには既に上から目線俺様王子、だったんだよな。まあ顔はいいし王子様なので、そこそこ人気があったんだけど。最初のうちは。

 今二十五歳で、三年前だったかに結婚したんだよな……あ、確か宰相の親戚だっけ、お妃様。宰相が王太子と組んであれだけ大きな態度をしてるのには、それもあるのか。確かにガンドル家といえば、それなりに力のある侯爵家だけどさ。

 ……で、そうすると知らない者は持つだろう疑問をテムが提示する。彼女はずっと城の地下にいて、歴代の王と特務魔術師としか会ってないから疎いんだよな。


「人の王には、他に後継者はおらんのか? 我は王と、あの馬鹿息子にしか会うておらんが」


「直系はそれだけですね。困ったことに」


 セオドラ様が即答されたとおり、国王陛下のお子って王太子殿下くらいなんだよね。国王陛下は今体調を崩しておられるけれど、王妃殿下は……王太子殿下が表に出てきたのと入れ替わりにほぼ寝込んだきり、全く表に出てきてない。というか本気で生きてるのかどうか、不敬だけど賭けてる人もいるっぽいな。

 それで王太子殿下がアレなんで、いっそどこかにご落胤でもいないものかと考える貴族は多い。いや実際にいてもあの二人が黙っちゃいない気がするけどさ。

 さて、王太子が頼りにならないとすると、残るは親戚関係だけど。


「傍系となれば、大体の公爵家は縁戚でござるな。セオドラ様は継承権を……お持ちでござるよね?」


「私? ありますわよ。十……何番目だったかしら、忘れましたけど」


 ファンランの指摘に、セオドラ様は軽く首を傾げた。

 『ランディスブランド』の魔術師に王女が嫁いで始まったのがブラッド公爵家なので、まあ当然というかその子孫であるセオドラ様や姉のメルランディア様にはしっかり王位継承権がある。いやもう、いっそこちらに継いでもらったほうがいいのかね、うん。

 もしそんなことになったら、宰相なんかはものすごく嫌がるだろうな。俺のことを、『ランディスブランド』なんて古臭い血筋とか言ってたし。

 ま、王太子殿下が性格悪いとかそういうのはひとまず置いておく。問題は、この村の外にいるという宰相の私兵部隊について、だ。


「……要するに、速攻で俺とテムを連れて帰りたいんですよね?」


「そうでしょうねー。王都の結界の効力が薄れてきてるらしくて、そのうち丸裸になるらしいもの」


 上から目線の呼出状と、それを持ってきた宰相の私兵部隊。つまりは、力ずくで俺とテムを王都まで連れ帰って結界を再展開させたいわけだ。

 もう、かなり結界が薄れてきてるんだろうな。具体的には小さい魔獣が入り込んできたり、人の気持ちがギスギスし始めたり。

 王都守護魔術師団も頑張ってくれてるんだろうけれど……あー、アシュディさんにはほんと、悪いことしたかも。


「いちいち壁を作るよりは、キャスバートと神獣様に結界を張り直してもらったほうが手っ取り早いけれど……その前に一言謝りなさい、よねえ」


「そうでござるねえ」


「国王陛下なら、ご自身がお出ましになってひどく頭を下げてこられるだろうけれど……今は王都を離れられないでしょうし、無理ですね」


 セオドラ様とファンラン、そしてシノーペは三人が三人ともそこそこ言葉が厳しい。いや、わかるしありがたいけどな。


「宰相の部隊だが、まとめて結界に梱包して王都に送り返してよいか?」


 あ、もっと厳しいのがいた。現在外見白猫だけど、その実は神獣様なテムが。

 その発言には、さすがにセオドラ様も「いやいややめておきましょう」と手を振った。曰く。


「とても魅力的な提案ですが、それやったら次は本気の軍隊が来るか近衛騎士が来るかだと思うのですが」


「近衛騎士はともかく、本気の軍隊は少々骨が折れそうであるな」


 要するに、今後面倒くさいことになるから手っ取り早い解決はやめとけ、ってことか。

 だけど、普通にお断りして引っ込むような人たちじゃないよなあ。宰相の命令だろうし、彼らも後が面倒だろうし。主に王太子が怒りまくる、というあたりで。推測だけど、間違ってはいないよね?

 それに、セオドラ様の推測も間違ってないとは思うのだけど、それはつまり。


「今、王都から本気の軍隊を派遣するということはつまり、王都の防御がほぼ無くなるということですよね。ランディスさん」


「そうだよね。もしそんなときに、例えばベンドル王帝国の部隊が一直線に王都を目指してきたら……対処は間に合わない」


 シノーペが言ったことは、いくらなんでも宰相閣下はやらないと思うけれど……万が一やらかした場合の、最悪の結論だ。

 つまり、俺とテムに王都の護りをさせたいがために多くの戦力を割く、なんてことを宰相や王太子が命じた場合、その隙にベンドルの部隊が王都を狙ったら簡単に都は落ちる、だろう。まだ、多くの人々が住んでいるであろう王都が、戦場になる。

 ふと、セオドラ様がちょっと遠い目になった。


「ベンドルといえば、密偵を昨日一昨日と五名ほど見つけまして。義兄上が、大変楽しそうにぶん殴っておられました」


「サファードであったか? そちらは任せておいてよかろう、妻子のためにも領地のためにも、害虫退治に精を出すであろうからな」


「あー。こう言っちゃ何だけど、テムに同感」


 うん、サファード様なら密偵でも山賊でもきれいに片付けるだろうね。主にメルランディア様と、これから生まれてくるお子様のために。


「その間にまずは、こちらも方策を考えようぞ。我が結界には、愚か者部隊は一歩も入れぬであろうがな」


 そうしてテムの号令に、俺たちは一斉に思考タイムに入った。

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