29.上から目線の書状

 故郷に帰って五日。壁はこつこつ造られている。工兵部隊が手掛けているので、結構早く出来上がりそうだ。

 そんなとき、視察を兼ねてセオドラ様がひょっこり顔を出された。せっかくなので、応接間にお通しする。


「セオドラ様、いらっしゃいませー」


「お久しゅうでござるよ。姉君は息災でござるかな?」


「こんにちは。姉は元気ですよー」


 いつの間にか湧いているシノーペとファンランは、気にしないことにしよう。シノーペはいいって言ってるのにお茶の準備してくれてたりするし、ファンランは「ランディス殿の護衛でござる」と気がついたら近くにいるし。

 それと、年齢が近いこの二人がいたほうが、セオドラ様もお話しやすいんじゃないのかな。家の事情とかはともかく、友人が増えるのはいいことだと思うんだ。


「ふむ、よく来たな」


「ね、猫モード可愛いですね神獣様……」


 本日のテムは猫仕様であり、ソファの上でごろごろしている。うんセオドラ様、用事を先に済ませたら多分テムはなでさせてくれると思うぞ。さっさと終わろう、な? シノーペが入れてくれたお茶、飲もう。

 ……落ち着いたら使用人さんでもお願いするかな?


「キャスバート、久しぶりの実家住まいはどう?」


「普通なら大掃除で大変なところなんですが、メルランディア様が人を派遣してくださってたので助かりました。結構のんびり寝られましたよ」


「そう、よかった」


 ……とおっしゃるんだけど、何というかセオドラ様の表情、微妙なんだよな。これは、何かあっただろ。そうでなけりゃ、視察を済ませて即帰投とかしそうだし、この人。


「……何かありましたか」


「あった、というか来ました。はいこれ」


 やっぱりか、と思う間もなく一通の書状を渡された。こんな田舎ではほとんど手に入らない上質な紙、そこに記された王家の紋章。

 表書きはでかでかと、俺の名前が書いてある。あーこれ、よく王城で仕事してる書記官さんの字だな。

 中身を取り出すと、そこには『呼出状』の文字があった。要は俺に王都に来いってことか。まだ本文読んでないけど。


「……呼出状ですかあ……」


「姉上は見なかったことにして焼き捨てろと言っていたのですが、さすがに無視するわけにもいかないので」


 思わずセオドラ様のお顔を見ると、ぷいとすねてあらぬ方向に視線を向けていた。というか、さっきも封筒からは目をそらしてたよな、この人。

 考えてみれば、セオドラ様はこんな封筒を見た瞬間に破り捨ててもおかしくない。そんな性格なのだけれど、さすがに相手が王家だと慎重にもなるか。とは言えこの封筒にこの書面だと、出したのは宰相閣下だな。王太子殿下の使う紋章だし、これ。


「国王陛下直々に差し出してくださったのなら、メルランディア様もそんなことはおっしゃらないでしょうけど」


「宰相閣下の命令でござるかあ……」


 そのことを伝えるとシノーペは呆れ顔に、ファンランはうんざり顔になった。

 どちらも、というか俺もなんだけど……国王陛下が落ち着いたら一度王都に来てくれないか、みたいな書状をくださったらはい喜んでー、とばかりに飛んでいくんだけどさ。


「見なかったことにして、我が食ってもよいぞ?」


「おやめください神獣様、このような汚らわしいもので腹を満たすことはありません」


 しーんと静まり返った室内に、テムの声が響いた。瞬間、セオドラ様のツッコミが入る。これはなあ、ツッコミのたぐいだろう。

 だってセオドラ様、曲がりなりにも王家の紋章が入った呼出状を汚らわしいもの呼ばわりするなんて、正気じゃないことにしたいし。外に向けて。


「一応一国の宰相から差し出された書状だというのに、そなたら扱いが酷いのう。我もだが」


「俺は、その宰相にクビにされて王都から放り出されましたからねえ」


「ランディスさんの扱いが、一番ひどい人からの書状ですもん。無事に届いただけでもありがたく思ってもらわないと」


「公爵様のおっしゃるように、火にくべても良かったのではないでござるかな?」


「いやほんと、私もそう思うんですけども」


 この場にいる四人と一体の意見が、何というか見事に同じ方向性でまとまるっていうのはすごいな。相手が自国の宰相なのにさ。

 というところで、念のため本文に目を通す。……うん、一瞬後悔した。

 俺の肩に乗って覗き込んできたテムが、その内容を全力で圧縮して言葉にした。


「意訳。『許してやるので王都に帰ってこい』」


『はああああ!?』


 女性三名、どこから出てきたという大声が応接間の中に響く。あーでも、俺が彼女たちの立場ならああいう声あげてたのは間違いないけど。

 次の瞬間、ソファにかけていたセオドラ様が立ち上がって深々と頭を下げてきた。俺に。


「本気で、姉上のおっしゃるとおりにしたほうが良かった気がしました! ごめんなさいキャスバート!」


「ああいや、セオドラ様は悪くないですから」


「そうだぞ、悪いのはあの馬鹿者だ」


 慌てて声をかけたら、テムが俺たちのいいにくいことをきっぱり言ってくれた。神獣だから、人間のしがらみとか関係ないところにいるもんなあ。……テムは結構、俺のこととか気にしてくれてるけどね。


「というか、許してもらうのは宰相閣下と王太子殿下の方ですよね?」


「そうでござるな。なぜああいう方々は、己が悪いときですら上から目線なのでござろうか」


 シノーペとファンランのマイペースな会話に、何とか意識を現実に引き戻した。いやほんと、何で上から目線な文章なんだろうね、これ。

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