27.この村の使いみちを語る

「さて」


 サファード様が、この村の地図を広げた。もともと、工兵部隊はこの村を囲む壁を造ってもらうために来てくれてるので当然、こういうのもあるわけなんだけど。


「この村にはリフォームすれば使えそうな屋敷がいくつかあるんですが、僕は業者に頼んでそれもしてもらおうかと考えているんです」


「え」


 まあ、俺が出ていく五年前までは他にも人が住んでいた。だから、当時のままの……持ち主がいなくなっただけの家が、今でもいくつか残っている。移住させるときにメルランディア様が、それなりの値段で買い上げたんだそうだ。

 サファード様はそれらに手を入れる、という。つまりは、また誰かを住まわせるためにだろう。家の存在する意味って、人が住む場所なんだから。

 壁を作らない限り、この村は人にとって危険な場所だ。でも、テムと工兵部隊のおかげで壁ができることは確定している。だったらまた、人に住んでもらおうということか。


「元の住人には、もし壁を作れる状況になった場合、帰参の意思があれば支援するということを伝えてあります。ですから、戻ってくる人たちもいるでしょう」


「でも、とうにいない人たちもいますよね」


「ええ。そこで、君にお尋ねします」


 何か、すっかり村長扱いされてる気がする……ああまあ、もともとは村唯一の住人になる予定だったんだから一応、長か。


「王都から移住してきた人がこの村への入居を希望する場合、受け入れますか」


「ええ、もちろん」


 つい、即答する。

 俺が育った頃のこの村は、確かに寂れていて老人が多くて大変だったけど、でも俺の故郷で。

 そこが再びにぎやかになってくれるなら、俺は嬉しいから。

 あ、でも限度はあるけどさ。さすがに、そんなに大きな村ではないし。


「……王都の人全員が、ブラッド公爵領に来るわけではありませんよね?」


「そうですね。というか、こちらに来るのは少ないのではないでしょうか」


 俺の質問に、サファード様はあくまで推測なんだろうけれど、そういう答えをくれた。まあ、理由は分かるし。


「ベンドルに近いから、ですね」


「ええ。聞いた話では、南の貴族領に移る者が多いようです。そちらに領地を持つ一部の貴族が、既に王都の別邸を引き払っているとか何とか」


「あー」


 言われてみれば、そうだよなあ。王都の結界がなくなればベンドルが侵攻してくる可能性がある、だから王都から逃げる。

 そのベンドルとの国境そばにあるブラッド公爵領に、縁でもなければわざわざやってくる人はあんまりいないだろう。テムがいるから来る、って人がいたら多分、俺が知ってる人だろうしさ。

 ていうか、行動早いな皆。マイガスさんとかアシュディさんとかが噂広めたりしてるかもしれないけどさ、裏とったり……したから動いてるのかな、貴族の人は。


「王太子殿下と宰相閣下が君を解雇した、という話が流れ始めているようです。少なくとも、貴族出身ではない魔術師を上がクビにしたということで、商人などは自分たちにも何らかの不利益が生じる可能性を考えているとか」


「そこまで行きます?」


「行くんですよ。特に君の場合、国王陛下ご自身が見いだされた特務魔術師ですからね」


 ため息交じりのサファード様の言葉に、俺は思わず空を見上げた。

 国王陛下がわざわざ、このブラッド公爵領まで足を運ばれた上で俺を見込んでくださった。そうして王都に呼ばれて五年、俺は陛下の期待に添えるように頑張った、はずだ。

 なのに、その俺が宰相閣下と王太子殿下によって解雇されて田舎に帰った。……つまり、陛下の後継者となるであろう方々は自分たちの気に食わなければ、たとえ実力がある者であっても扱いが悪かったり放逐したりする、そう考えられたわけだ。

 シノーペやマイガスさんたちの扱いを考えれば、まあそのとおりだとしか言いようがないんだけど。


「ちなみにかのサンドラ亭などは、キャスバートと神獣様のいるところであれば安全だろうから、とこちらへの移転を希望していますね」


 ふと微笑んだサファード様が、そんなことを言われた。え、アレ、本当ですかそれ。

 つまり、サンドラ亭がうちの近所に来るの? マジか、大丈夫か採算取れるか? ああいや、そのあたりの流通は俺も考えたほうがいいか。どうせ、自分ちの食事も考えなくちゃいけないんだし。


「マスターやその友が足繁く通ったのであろう? まあ、当然のことだな」


 いつの間にやら、足元でうにょーんと伸びていたテムがしれっと口を挟んでくる。あー、サファード様がさっきおっしゃってたようなこととかもあって、それで俺とかテムがいるって話を聞いて、こっちに移転してくることにしたと。

 工兵部隊の人たちや、それ以外の人たちも馴染みになってくれるといいな。


「そうすると、食料品の仕入れとかも考えないといけませんよね。ランドまでの道はありますけど」


「防壁の構築中は工兵部隊が常駐していますし、今のうちに街道の整備もしてしまいましょうね」


 ふっと考えたことを口にしたら、サファード様はしれっと工兵部隊の仕事を増やすことを考えついたらしい。いや、道整備してくれれば助かるけどさ。


「石畳を張るのはちょっと手間ですが、道幅を広げて排水を良くするだけでも多分違うと思いますよ」


「いいんですか? 排水はともかく馬車の往復とか、今の道幅でも何とかなりますけど」


「少し広げておいたほうが、何かと便利ですよ」


 恐る恐る聞いてみたんだけど、何というか何か考えてるだろ、この人。流通だけで道幅広げてやろう、なんて虫のいい話はちょっとないよ。


「……何かありますね? サファード様」


「軍用の馬車は重量もありますし、乗り降りからの部隊展開に幅が必要なんです」


 あー。

 ベンドルとの小競り合いとか、本気の戦とかのときのこと想定してやがったよ、この人。

 部隊展開とか、何かあったときの前線基地とか、そういうのに利用しようとしているわけだ。いや、それはそれでありだけど。

 今の状況を考えると、防壁を新しく造ってる上にテムや俺がいるこの村は、前線基地にはふさわしいかもしれないからな。


「それで構いません。よろしくお願いします」


「理解していただけて何よりです。そういう想定なら、部隊を一つ常駐させるのに問題ありませんしね」


 前線基地に使うことを想定して、防衛用の部隊を張り付けてくれることをサファード様は約束してくれた。

 ま、まあこれでいいのかな? ……いや、本気で助かるけどね。

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