26.壁を作り、壁を護る
翌日。
俺の家を中心に、ふわりと暖かな光が広がっていく。どんどん広がるそれは、やがて見える範囲全てを覆うまでになった。
「おお……」
「これが、神獣様の結界……」
サファード様が連れてきてくれた工兵部隊の人たちが、光で形成された結界の展開を目の当たりにして感動してるっぽい。皆が目を見開いて、中には拝んでる人までいるなあ。
もっとも、結界ができるのを見慣れてるのは俺とかテムとかくらいだろうしな。それに、王都の結界は基本途切れることなく展開されていたわけなんで、こうやって設置される光景を見るのは結構久しぶりかもな。特に、こんなに大きいやつは。
「何というか、すごく清々しい感じですね」
「ふふん。そうであろうそうであろう」
シノーペの感想に、獅子姿のテムは自慢げにぱたんとしっぽを振る。それから、額をグリグリ押し付けていったのはあれだ、撫でろの合図だ。多分後で、毛づくろい三昧だろうな。いいけどさ。
「さすがは神獣様、この領地に来ていただいて主に代わり礼を申し上げます」
「構わぬ。マスターの住まう地を護るのは、我のわがままであるからな」
お礼を言ってるサファード様が、シノーペに撫でてもらってるテムを見ながらくすりと笑った。神獣と王都守護魔術師の取り合わせだけど、特に無礼じゃないと思うぞ。今のテム、すごく機嫌がいいし。
そんな仲間たちを見ながら、ファンランがふと呟いた。
「……ということは、テム殿の結界がなくなった王都は今後、荒んでいくのでござるかな」
「まだ効力は残ってると思うけど、どうだろうね……まあ、結界の効果じゃなくても荒れる気はするけど」
「実質的な指導者が、宰相閣下や王太子殿下でござるからなあ」
ひそひそ。あまり周囲に聞こえないように、小さな声で言葉をかわし合ってみる。いやだって、万が一工兵部隊の中にあっちと仲のいい人とかいたら問題だし。
ちらりとこちらに視線だけを一瞬向けて、それからサファード様が声を張り上げた。
「では皆さん、作業をお願いします。神獣様の結界により、獣からは守られているはずですよ」
『おー!』
「僕やセオドラが時々見回りますから、サボったら分かりますからねー」
『分かっております!』
子供か。
声に出さずに突っ込んだことを、自分で褒めてもいいと思う。というか、サボる人いるんだろうか? ブラッド公爵領のいち地区を守るための、大事な仕事だと思うんだけど……ま、守ってもらうの俺んちだけどさ。
「というか、さっさと丈夫な壁を造ってしまったほうが自分のためになりますよね。何か理由でもない限り」
「その理由は大体こちらには不利ですから、見つけてお話を聞かないとね」
シノーペとサファード様が、平然とした顔で実はちょっと物騒な内容の会話を交わしている。
要は、ベンドルのスパイなど見つけたら捕縛して尋問だー、という意味だしね。尋問で済めばいいけど、もしセオドラ様やメルランディア様にちょっとでも危害が加えられたらサファード様、恐ろしいことになるだろうし。想像したくもないな。
ま、それはそれとして。
「……テムの結界はともかくとして、王都の状況って分かりますか?」
情報収集は、俺もしなくちゃならないからな。サファード様になら、何かの情報が集まっているはずなので尋ねてみよう。
「ああ、はい。サンドラ亭には、受け入れ承諾の返事を出しました。また、いくつかの商人からも移住要請が来ていますね」
「商人ですか」
「主に新規出店、という建前ですが。ただ、近衛騎士の礼服を作っている職人なども入っていますからね」
「ということは、レンネル商会でござるな。安価な服も数多く作っておられる故、こちらに服作りの仕事を持っておいでになるかもしれんでござるよ」
近衛騎士の礼服、というところでファンランが反応した。そりゃ、自分も作ってもらったんだろうしな……俺もレンネル商会は知ってる。主にマイガスさんや、アシュディさんの制服をオーダーしてるところだからな。
……あの二人も、どうにかしてこっちに来ないかなあ。王都を護る任務なのは分かっているけれど、仕える相手がなあ。
「他には、あちこちの貴族と手紙をやり取りしています。南に領地を持つ方はしばらく、領地から出てこない方が多いようで」
「王都にいると、影響を受けそうだからですか」
ちょっと言葉を選んで尋ねると、サファード様は「ええ」と肯定の言葉をくれた。
「現在、ゴルドーリア王国と露骨に反目しているのはベンドル王帝国くらいですからね。それ以外の周辺国とは、概ね和平条約を交わすなり同盟を組むなりしていますから」
そうなんだよねえ。ゴルドーリア王国だって、王都だけはテムの結界で守ってたけどそれ以外の領地は普通に壁と兵士で守ってることが多い。周囲の国もそれは同じで、基本的には自分の国を守るのに力を入れている。
だから、かつて大きな戦でベンドルを北の地に押し込んだ後、それ以外のほとんどの国とは戦をしないようにしよう、と条約を交わした。元からこっちに好意的な国とは同盟を組んで、国境地帯の安全性を高めている。
なので、北のベンドルとの国境付近が一番の危険地帯と言えば言えるわけだ。具体的に言うと、この近く。
「もっとも、その中にも王都の良い環境を羨んでいる国はありますから、油断はできませんが」
「その連中には、近場の領主に相手を頼めば良い。マスターには、王都の問題よりまず自身の環境を整えねばならんからの」
サファード様の推測を、テムがずばりと斬った。ま、そりゃそうだ。
南や西や東の国境地帯のことなんて、北にいるブラッド公爵家とその配下が手を出すことじゃないもんなあ。
「……どうもあの王太子どもめ、また何やら差し向けて来そうだしな」
「分かるでござるか?」
……いや、テム。いやな推測を言葉にしないでくれるか。ファンランが「またかー」なんて顔をしてるのは、あの小型結界に閉じ込められた皆さんを思い出してるからかな、うん。
「あの性格だぞ。何もしないほうがおかしかろう?」
「王都を守らせてやるから喜んで帰ってこい、くらいはおっしゃいそうですねえ」
「まずは、お二方が地面に額を擦り付けて謝罪をするでござるよ。話はそれからでござる」
シノーペ、王太子殿下の口調真似しないでくれ。ファンラン、確かにそうなんだけど王太子と宰相がそれやるか? やらないだろう、あの二人は。
「とりあえず、使者が来ましたらセオドラにお相手してもらうことにします。メルに負担はかけたくないですし、僕が相手をしたら多分、やりすぎるので」
なので、サファード様にひとまずのところはお任せ……実際はセオドラ様にお任せすることになりそうである。いや、俺やテムやシノーペやファンラン、誰が出ても多分ろくな結果にはならないだろうから。
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