25.辺境の村を守る方法

「ところで」


 今度は、さっぱりしたハーブティがやってきた。それを口に運びながら、メルランディア様のお話は続く。


「ランディス家のある村なんだが、見てきたな?」


「はい。すっかり人がいなくなってましたね」


「そもそも、キャスバートが家を離れた時点でほとんど人がいませんでしたからね」


 ここに来る前に立ち寄った、俺の実家。その周辺にはいくつか空き家が残っていたけれど、庭は荒れ始めていた。家だけがきちんと整備されていて、何というか周囲から浮いている感じがしたな。

 あと、公爵領内でも端っこということもあって、サファード様のおっしゃるとおり五年前にはもうあんまり人がいなかった。俺が王都で特務魔術師をやっている間に、その人たちは村を去ったりこの世を去ったりして、今に至る。うちの両親は、苦労したこともあって後者だ。

 で、領内で端っこにある村、そこから人がいなくなる理由はもう一つあるんだよな。それを指摘したのは、テムだった。


「大型獣の森が近かったが、それか?」


「さすがは神獣様、あの気配を把握しておられたか」


 メルランディア様もうんうんと頷かれる、そういう問題が俺の村には存在する。

 要は、辺境……国境となる山地の麓に広がる森に、大型の獣が住んでいるってことだ。うん、普通は山の上とか見晴らしのいい草原とか、そういうところに住むようなやつ。

 でも、ブラッド公爵領はゴルドーリア王国の辺境にある。水の恩恵に預かりまくっている王都からは離れていて、だから草原はあんまりない。山地の麓は雪解け水が多いので、逆にそっちの恩恵で森が広がっているんだよね。

 で、森の中には草食の獣が住んでいる。それを狙って肉食獣が入り込んできた、ってことらしいんだが、さて。


「あの森に住まう獣は、そもそももっと北に住んでいたものだ。だが、ベンドルが木材の伐採量を増やしたらしくてな」


「森に住んでいた獣が森を奪われて、南下してきたというわけか。なるほど」


 あー、マジですかメルランディア様。

 木が伐採されると、そのあたりの環境が変わって住んでた草食の獣が移動するので、それを追いかけて肉食の獣も移動する……その結果、何でかこちらに来たと。というかベンドル王帝国、木を切りまくってどうするんだろう……寒いのかな?


「まあ、あの程度であれば我が結界で問題はあるまい。念のため、壁を巡らせたほうが良いとは思うが」


「テムにばかり苦労はかけたくないからね。俺も結界なら張れるし」


 俺はあの家に戻るから、今後は獣や魔獣への警戒もしなくちゃならない。そうするとまあ、王都じゃないけど結界頼りになるよなあ。

 テムの結界は強力だけど、あの家の主は俺ってことになるから俺自身、ちゃんとしなくちゃ。

 そう考えていたら、サファード様がくすりと笑った。


「……キャスバート。せっかく目の前に領主であるメルがいるのに、どうして部隊派遣をお願いしないんですか?」


「へっ」


 その提案は、正直意外だったというか……いや、そうか。領主様なんだから、部隊を派遣してもらうのは一つの手なんだ。

 ただし「いや、そもそも動員はしておるぞ」というメルランディア様の返答にもうひとつ目を丸くしたんだけどな、俺。


「そなたの屋敷周辺は、我が領地の中でも北に位置する。ベンドルはともかくとして、そもそも通常の獣や魔獣の危険が増えてきた故年配の者から順に移住を進めていったんだ。今でも近くに、魔獣災害の防止のために部隊を展開させている」


「すみません。お手数おかけしました」


「礼はいらんぞ。私が統治する領地の問題は、私が主として解決する義務がある」


 ふふん、と自慢気に答えるメルランディア様、いや普通にここは礼を言うべきだろうと領民の端くれとしては思うわけだ。シノーペは感動して目をキラキラさせてるし、ファンランは……「何と良い領主様でござるか」とか拝んでるな。比較対象、宰相かなー。


「とは言えキャスバートと神獣様の結界、それに加えて構築を計画している防壁があれば北からの脅威はかなり軽減できよう。そこに私が、部隊を派遣しない理由はないな」


 が、ここでファンランがふと目を開く。……ああ、壁ないもんな、俺んちの周り。このランドの街にはしっかりあるんだけど。


「今まで、工事をしていなかったのでござるか?」


「あの地の場合、これまでは辺境故にほとんど必要がなくてな。最近の獣の移動で必要になったのだが……住民を移住させながら何度か基礎工事を試みたところ、腹をすかせた森の獣がせっせと襲ってきたのだ」


 もともと肉食獣の少ないところで繁栄していた草食獣が、移動してきた肉食獣に食べられたり逃げたりで数を減らした。で、肉食獣が腹を減らした結果、狙ってきたのが壁のない田舎に住んでる人間、というわけか。


「さすがに、獣を全て追い払ったり退治したり……とはいかないでござるね。なるほど」


 ファンランも、それくらいはあっさり理解してくれて助かる。森の中の獣退治って、結局環境を荒らすことになるもんなあ。数を減らすくらいならともかく、それ以上は多分……森の伐採を進めている、ベンドルと同じことになるだろう。

 ……ああ、そうか。俺たちとメルランディア様たちの利害が一致するようにできるよな、これ。


「俺やテムが工事場所の外まで結界を展開して、その中で工事してもらえば安全ですね」


「ああ。『ランディスブランド』には魔力の強い者も多いが、結界展開能力に関しては個人宅を守るのがせいぜいといったところでな」


「ランディス邸のある村全体を囲むだけでも最低術士十名、その維持にさらに数名は必要です」


 コーズさんが出してきた必要な人員の数に、うーんとなる。そう、家の周りを守る結界を張るだけでそんなに人が必要になるのだ。

 改めて、神獣であるテムの力はすごいんだなと感じた。いやだって、俺が魔力補充するくらいで王都全体の結界維持できてたんだぞ。


「……うむ。マスターと我の快適な生活のためだ、何ならそなたの領地まるっと守っても良いぞ?」


「お申し出はありがたいが、まずはキャスバートの生活基盤を安定させることに集中してほしいと私は思う。ベンドルも王都の愚かな方々も、神獣様がこの地におられると知れば何を仕掛けてくるやら」


『あー』


 いや、テムまで一緒に合唱するのはどうかと思うけどさ。

 多分宰相閣下とか、近衛騎士派遣して俺とテムに戻ってこーい、なんて言いそうだもんな。うわあめんどくせえ、謝りもしない人のところに誰が帰るか。

 ともかく、まず俺とテムで村の周囲に結界を張り、その中でメルランディア様が派遣してくれる工兵部隊に防壁を造ってもらうことに決まった。そうしたらまた、人が住んでくれるかもしれないからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る