22.会う人会う人みな強い
さて、帰ってきましたブラッド公爵領。
俺の実家は、公爵家のある街ランドのすぐそばにある名前すらない小さな村。今では住んでいる人がいないので、帰ってきた俺が唯一の村民となる。皆ランドに移住するかいっそのこと王都で一旗揚げるかー、って感じで出ていったからね。
「つまり、この村はランディス殿の領地と考えて良いのでござるかな?」
「いや、いきなりそれはどうかと思うけど……」
うんファンラン、何でいきなりそういう考えになるかな……と思ってたんだけど。
「姉上はそれでも良い、とお考えみたいですよ?」
「マジですか」
にこにこ笑いながらセオドラ様がそんなことを言ってきたので、思わず顔がひきつった。いやいやいや、特務魔術師クビになって帰ってきた人間にそれはどうよ、と突っ込みたいけど多分突っ込めない。セオドラ様もそうだけど、メルランディア様も結構迫力あるし。
「そのあたりも、メルはお話したいようですね」
「まあ、実際に領主様にお会いしてからですねえ」
サファード様とシノーペは、なるようになれとか思ってるだろ。顔見れば分かるんだぞ。
ていうか、領主というより全面積が家の庭、とかそういうことなんじゃないかなあ?
「我は、マスターが幸せに生きられるのであれば何でも良いぞ?」
あーうんテム、お前さんは人の生き方とかから離れたところにいるからなあ。うん。
本当にきっちりお手入れしてもらえてた実家に馬車と荷物を置いて、俺たちはランドのブラッド公爵家に案内された。すぐそば……徒歩で二十分ほど。昔、村に人がいた頃は、取れた野菜や下処理した魔獣の肉をそのまま荷車でランドに持ち込んだりしたもんである。
「では、私は事務作業がありますのでここで。姉上、キャスバートのことをとってもお待ちかねよ」
「ありがとうございます、セオドラ様。お仕事がんばってください」
「ええ。じゃあね!」
威勢よく去っていくセオドラ様の背中に、つい手を振る。五年前は、どちらかと言うと魔獣をぶん殴ったり魔獣を切り払ったりたまにやってくるベンドラのスパイをしばき倒したりと肉体労働派だったんだけどなあ……成長するもんだ。
「そなたは、仕事はどうした」
「僕はメルの夫ですから。それに、僕の出番は目の前に殺せる敵が出てきたときですので」
「なるほど。勇ましくて良いことだ」
冷静な口調でそこそこ物騒なことを話されるサファード様のことを、テムは気に入ったようだ。ブラッド公爵家周りって、大概どこか物騒なんだよね。北の領地で魔獣とか隣国とかと小競り合いしまくってれば、まあそうもなるけどさ。
「まずは、神獣システム様。よくぞお越しくだされた」
執事のコーズさんの案内で公爵家の応接間に通されて、領主であるメルランディア様と面会する。最初の彼女の一言は、テムに対するものだった。まあ、立場一番上だし。
「『ランディスブランド』の棟梁だな。しばしこの地に世話になるが、構わんな?」
「もちろん。神獣様の生活環境に必要なものを我らは知らぬ故、不便があれば申し訳ない。善処する」
「うむ。必要なものがあればこちらから申し出るが……まあ、まずはのんびりと空の下の暮らしを楽しませてもらおう」
「ごゆるりと」
領主と神獣……なんというかこの二人、似てる気がするんだけど気のせいかなあ。テムは俺とかシノーペにうにゃーんごろごろと懐いたりするけど、さすがにメルランディア様は……サファード様と二人きりならあり得るか。
そばに付き添っておられる配偶者のサファード様より背が高くて、真紅の髪に濃い赤の瞳とべっ甲縁の眼鏡。サファード様の護衛と剣の力に守られ、文書や政治で辣腕を振るうブラッド公爵メルランディア様。
この方、この領地の若い人たちの初恋相手第一候補なんだよね、男女問わず。いやだってかっこいいもの……ほら、シノーペもファンランも見とれてるし。
ゆったりした服をまとっておられるのは、お子様への負担がないように、だよね。メルランディア様とサファード様のお子様って、絶対かっこいいだろうなあ。男女どちらでも。
「それと……よく戻ってきてくれた。礼を言うぞ、キャスバート・ランディス」
「あ、はい、ありがとうございます。それと、おめでとうございます、メルランディア様」
おっと、慌てて俺も礼をする。というかもともと、俺が帰ってきたんで領主様へのお目通りがかなった、って状況だよね、これ。
それと、お子様のことはちゃんとおめでとうを言わないとな。テムと同じくらいお強い方だけど、それはそれとしてめでたいことはめでたいし。……もしかして、セオドラ様に似るかもしれないな。
「ありがとう。……サファードから聞いたか?」
「セオドラ様ですね。もしサファード様からお伺いしていたら多分、ここに来るのに時間がかかったかと」
ちらりと本音を口にする。メルランディア様とサファード様は相思相愛熱烈恋愛の果てにくっついたご夫婦であり、うっかりのろけ始めるとしばらくは配偶者の良いところ連発とデレデレで使い物にならなくなる。一応、状況をわきまえてはくれるからいいんだけど。
「そ、そうなのか? ……コーズ」
「はい。お子が宿られたことをお知りになった際のサファード様のデレデレっぷりを思い出しますれば、おそらく一時間は使い物にならないかと」
「コーズっ!」
思わずメルランディア様が話を振った先、コーズさんですらしれっとそう言い放つレベルである。メルランディア様の側近なので、万が一のときに公爵夫妻を再起動させる任務もあるからなあ。
まあ、二人して『ランディスブランド』の赤い髪と同じくらいまっかっかになってしまったご夫妻、相変わらず仲良くて何よりである。
あー、何というか、帰ってきてよかった。
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