21.一方その頃、王太子はふてくされた

「何故神獣ごときを捕まえられん! ぐっ!」


 ゴルドーリア王城の一室。王太子である第一王子ゼロドラスの執務室としてあてがわれているその部屋で、部屋の主は執務机を拳で殴りつけた。その程度で壊れるようなものではない天板に叩きつけられた拳は、逆に持ち主に対し痛みを返してくる。


「ごとき、とおっしゃいますが殿下。神獣システムは長年に渡り王都を守ってきた神獣、その力は未知数とでも言うべきかと」


 自分の手を擦る王太子を見つめながら、宰相は小さくため息をつく。

 王太子ゼロドラス、そして宰相ジェイクに現在、その地位に付随すべき権力は存在していない。王都を護る特務魔術師キャスバート・ランディスの一方的な解雇、そして守護結界を展開していた神獣システムの怒りを買ったことによる処分だ。

 地位を剥奪されていないのは、国王ワノガオスの最後の情によるものだ。……どちらかと言えば、これより失墜の道を進むであろうゴルドーリア王国と共に沈んでいくために地位に捕らえられている、と考えたほうが良いだろうか。

 ただ、宰相はどう考えているか分からないが王太子については、そこまで頭が回っていないと考えられた。この点について、城内に残っている王国重鎮たちは皆、意見が一致している。

 そして、王太子は自分が国の危機を打破し王として即位するのだ……という妄想に取りつかれている、という点についても。


「力が未知数、と言ってもたかが結界を張るだけだろうが!」


「その結界のせいで、殿下をお守りすべき存在である誇り高き近衛騎士が、路上で晒し者にされたのですが」


 ため息交じりに吐き出された宰相の言葉に、王太子は「うっ」と言葉をつまらせた。

 国を救うための第一歩として王太子は、自身に仕える近衛騎士部隊にキャスバートと神獣システムを探し出し連れ戻すことを命じた。……その結果、数時間に渡りシステムの構築した狭い結界の中に閉じ込められた一部の近衛騎士が、恥ずかしい姿になったわけだが。

 彼らはちょうど通りかかった商人たちに見咎められ、顔を真っ赤にしながら必死に近くの街の駐屯所まで逃げ帰った。そこで着替えて報告のために王都に帰還したのだが、その頃にはすっかり噂が広まっていたとか何とか。

 なお、王太子直属部隊は他の近衛騎士と装備の一部が異なり、更に王太子直属ということで何かと態度が大きかったためにそのあたりの情報は正確に伝わった。マイガス・シーヤ率いる近衛騎士本隊には、噂の被害はほとんどなかったということである。


 さて、そのあたりのことをほとんど知らない王太子に対し、多少は知っている宰相は話の方向をずらせることにした。


「ひとまず、王都防衛に関しましては守護魔術師団を総動員して結界の展開に当たらせます。ベンドル軍の動きを見て、必要時に王城付近のみの展開とすれば十分防衛は可能かと」


 仮想敵国であるベンドル王帝国の名前を出し、さらに王都の中でも王城の周囲だけを護る。そのことで王太子の思考はキャスバートたちから、『いずれ自分が治める国』の都へと切り替えられた。

 ただ、これまではキャスバートとシステムが常に王都全体を護る結界を展開していた。そこからの規模縮小に、不満を漏らす。


「何でピンポイントなんだ。常時展開すればいいだろうが」


「そうしますと、数日保たずに魔術師団が全滅します」


「は?」


「展開した結界を維持し続けるための魔力供給で、魔術師の身が保ちません。結界展開システムの能力が、それだけ高いものであったということですな」


 目を丸くする王太子に、これ以上もなく分かりやすい言葉で宰相は自分が出した答えの理由を説明した。

 王都守護魔術師団は現在、おおよそ五十名ほどで構成されている。団長であるアシュディ・ランダートはじめ、いずれ劣らぬ高い能力と魔力を持つ選りすぐりの魔術師たちだ。

 だが、その全員を動員してもほんの数日。それだけしか、王都全てを常時護る結界は展開維持できない。

 それを、キャスバートは神獣システムとの協力で五年間、維持し続けたのだ。


「……宰相」


 だが王太子は、それを自分の瑕疵とするつもりはなかった。何しろ自分は、このゴルドーリア王国の王位を継承する者なのだから。

 今は父たる国王も怒っているが、この状況がうまく解決すれば全てはもとに戻るのだ。

 少なくとも、ゼロドラス王太子はそう考えている。


「は」


「キャスバート・ランディスの放逐を唱えたのはお前だ。よって、お前にこの状況の改善を命じる」


「は?」


 故に、王太子は宰相にその責任を押し付けることにした。

 宰相は王に仕え、その務めを補佐し、大きな判断の一端を担う者。つまり、『次の王』である王太子にも仕える者なのだから、命令は絶対。


「お前と、お前の私兵と、それから能力の高いお前の甥でどうにかしろ! 父上のお怒りさえ解ければ俺が王位を継ぎ、再び宰相として取り立ててやる」


 自分の地位を絶対のものと信じて疑わない王太子は、だからそう宰相に命じた。

 もっとも宰相の方は、王太子の命令を少しは無茶だと考えていた。そうして、その無茶を少しでも軽くする方法を、言葉を選んで提示する。


「……ガンドルの私兵だけでは、少々手が足りませぬ。王太子殿下の近衛騎士たちに、名誉挽回の機会をご用意することができますがいかがですかな?」


「……む。よかろう、俺の近衛騎士も使っていい。赤っ恥をかいた馬鹿どもに、再びの栄光を与えてやれ」


 『名誉挽回の機会』という宰相が選んだ言葉に、王太子はあっさり乗った。あくまでも宰相はそれを用意するだけで、機会をものにできるかどうかは彼ら次第なのだが……宰相が全てを上手くいくよう計らう、と王太子は考えているようだ。


「……やれやれ。キャスバートの放逐に諸手を挙げて賛成し、かつアレをだまくらかす口実をお考えになったのは殿下ですのにねえ」


 当人には聞こえないように宰相は、ぼそりと口の中だけで呟いた。

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