23.護りを頼りすぎた報い
メイドさんがお茶の準備をしてくれて、皆でごちそうになる。地元産のお茶と素朴なフルーツタルトが、懐かしい味だ。
あ、テムには魔獣肉の煮込みが準備されていた。サファード様やセオドラ様あたりが聞き出してたんだろうなあ、好みとか。気づかなかったけど。
「うむ、しっかり血抜きもされていて良い味だな。丁寧な作業と気遣い、ありがたく思うぞ」
「喜んでいただけたようで何より。本来ならば、私の魔力でも渡したほうがよかったのだろうが」
「子を宿す親から魔力を奪うような愚かなことは、いくら何でもしないぞ? それに、マスターの魔力が気に入っておる」
はっはっは、と笑顔で会話する領主様と神獣。会話内容が微妙といえば微妙だよね……人の魔力を渡すって、体力消耗するのと同じようなことだから。
テムの好物が『ランディスブランド』の魔力、だということでメルランディア様はおっしゃったのだろうけれど、すぐ隣でサファード様と後ろでコーズさんがおたおたしてるの分かってますかね。さすがにテムも状況は理解してるから、良かったけれど。
けろっとした顔のまま「まあ、その話はいいとして」とメルランディア様が話を切り替えられた。いいのか。
「キャスバート、それからシノーペだったか。久方ぶりの故郷はどうだ?」
俺と並んで自分の名前を出されて、シノーペが目を丸くした。自分もこちらの出身だって把握されてる、と思わなかったみたいだな。
「ご存知だったんですか?」
「『ランディスブランド』ではないが、能力の高い魔術師と聞いている。王都守護魔術師団に入ったのだから、領主としては鼻が高いぞ」
「わわ、恐れ入ります……」
うん、メルランディア様、満面の笑み。俺は国王陛下に見出していただいて特務魔術師の任についたからちょっと特殊だけど、王都守護魔術師団はいろいろな魔術師が入団試験受けて……確か合格率が一割切った上に、研修期間で脱落する者も多いって聞いたな。
教えてくれたのはアシュディさんだから、ものすごく確かな情報だ。
「シノーペ・ティアレットの成績その他に関しては、ランダート団長の報告書の写しをこちらに頂いております。休職中故、ほどほどに使ってやってほしいとも」
横から入ってきたサファード様の言葉には、さすがに俺もありゃ、となった。
アシュディさん、休職の手配や給料の先払いにとどまらず、しれっと手配してやがったか。もっとも、そういうの得意な人だもんなあ。
マイガスさんはいまいちそういうの苦手らしいんだけど、そちらのサポートもやってるとか何とか。ほんと、器用な人だ。
そのマイガスさんの部下であるファンランに、メルランディア様が視線を向けた。
「まあ、そちらの騎士シキノもそうだが休職中であろう? こちらから無理な命令や依頼はせぬつもりだ」
「はい、ありがとうございます」
「お心遣い、痛み入るでござる」
メルランディア様のお言葉に二人とも頭を下げたけど……うーん、無理じゃない依頼とか、こっちが動かなきゃならない事情とかにはなりそうだなあ。メルランディア様もサファード様も、あとセオドラ様もそういうところは抜け目ないし。
「……と、この土地についてでしたね。その、王都と違って街を囲む防壁がしっかりしてるな、と改めて思いました」
「ああ。王都って、人の身長くらいの塀しかないもんなあ」
話を戻したシノーペの意見に、そう言えばと同意する。
ゴルドーリア王都って、テムの結界を当てにしてたせいか街を守るための防壁がない、と言っても過言じゃない。シノーペの言う通り、人の頭が見えるか見えないかくらいの高さに積まれた石の塀があるだけだ。
その基礎には古い、しっかりした防壁の跡が使われている部分があるので、大昔は他の街みたいな……人の身長の二倍以上ある、石積みの建物みたいに丈夫な防壁があったんだろう。
「そうだな。王都には、街全体を護る物理的な壁が低いものしかない。……マスターから話は聞いておったが、実際に見てみるとあれはなあ……」
「王都の守護は、ほとんどテム殿の結界任せでござった故。今頃はどうなってるでござるかのう」
テムには、塀が低いんだよって話はしたことがあったっけな。それを自分の目で見たのはもしかしたら、王都を離れるときだったのかもしれない。それで、すっかり呆れてしまってるな。
そうしてある意味一番心配なのは、ファンランが指摘したところだ。テムの結界が敵兵どころか魔獣だの荒天だのまで防いでくれていた、そのおかげで王都は王国の都としてそれなりに繁栄していたわけで。
その護りがなくなった今、王都を守るのは……ま、大体想像がつくけど。
「おそらく、軍と王都守護魔術師団で守りを固めるかと思います。同時に、古い時代の防壁の補修と強化に入ると思いますが……」
「今から造って間に合うものか」
多分皆が推測した通りの結論をシノーペが口にして、それに対する端的な感想をメルランディア様が吐き捨てるようにおっしゃった。
ですよねー。今からせっせと石積んで高い塀作ろうとしても、出来上がる前に魔獣とかどっかの敵国とかやってきますよねー。マイガスさんやアシュディさん、どうするんだろう?
いや、王都出てきちゃった俺が考えることじゃないんだけど。護りの要であるテムは、戻る気毛頭なさそうだし。
「ベンドル王帝国は、王国側に斥候を送り込んでおりますね。昨日、この領内で三名ほど捕縛しましたが」
そうしてどっかの敵国、その筆頭たる国について、コーズさんがしれっと報告をしてくれた。
……ベンドル王帝国ってゴルドーリア王国の北にある国だから、確かにブラッド公爵領からは近いけどさ。伊達に『ランディスブランド』が領主やってる土地じゃないし、それ以前に国境に近い領地なんで警戒はかなり厳重なんだぞ。
「ふむ……サファード、罠でも張っておくか。我が屋敷に踏み込む愚か者がいれば、捕らえねばならんしな」
「魔獣を狩るノリで発言してませんか、メル」
「我が領地に害を加える存在、という点で似たようなものだ」
「まあ、確かにそうですが。それと、街や集落に『大型の賢い獣』用の罠はすでに準備させておりますから」
「さすが、私のサファード」
それはそれとして、夫婦漫才の息はピッタリだと思う。コメディアンコンビの芸は何度か王都で見たことあるけれど、このお二方の呼吸はプロの技に匹敵するんじゃないだろうか。……無礼だから、口には出さないけどさ。
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