19.わざわざ来てくれたようです
さて、そこから翌々日の朝。馬車はもう少しで、ブラッド公爵領が見えてくるくらいの場所までやってきている。
……あの近衛騎士たちを捕まえていた結界はとっくに消えてるはずだけど、大丈夫だったかなあ。主に生理現象とか。
「飢えて死ぬようなものでもないし、案ずることはなかろう」
「ただ、プライドはズタボロになりますよねえ」
「プライドで腹は満たされぬよ」
「そうですね。あ、かゆいところはございませんか?」
「うむ、ないぞ。我の毛づくろい、大儀である」
「ありがとうございます!」
テムと、テムのブラッシングが趣味になったらしいシノーペは、二人でのんきにそんなことを言ってる。まあ、確かに間違っちゃいないけどさ。ただ、あの人たちどんな顔して帰ったんだろうなあ。さすがに追いかけては来ないだろうけれど。
と、御者台からファンランが「ランディス殿」と声をかけてきた。ちなみにこっちは、休憩中にテムの毛皮に顔を突っ込むのが趣味になった。良いのか神獣、と言ってもテム自身が許可してるから良いんだけど。
「前方に騎士が二人、見えるでござる。二人とも、赤い髪でござるよ」
「え?」
ファンランが騎士、と言っている。近衛騎士、じゃない。自身もそうであるファンランには、装備で分かるからな。
そして、赤い髪。俺と同じ赤い色の髪は『ランディスブランド』やその縁戚にのみ見られる色で、つまりその系統の人たちが視認できたということになる。
ファンランの肩越しに前方を見て、馬を連れて立っている騎士らしい人を見て、確認できた。あの二人は知ってる人だ……というか、何でわざわざ出てきてるんだ、あの人たち。
「ファンラン、止めて。ご挨拶しなくちゃならない人たちだ」
「了解でござる」
ともかく、馬車を慌てて止めてもらって飛び降りる。「降りるぞ」「あ、はい」と声がして、テムとシノーペも降りてきた。さすがに、手綱をとっているファンランはそのままにしてもらっても大丈夫だろう。
で。
「キャスバートお! 迎えに来たわよ!」
「落ち着きなさい、セオドラ。まあ、迎えに来たのは間違いありませんが」
『赤い髪の騎士』二人。俺は、その前で膝をついて頭を垂れた。テムはともかく、シノーペもちゃんと頭下げてくれてるかな。
俺の名前を呼んだのは、俺より二つ年上の女性。セオドラと呼ばれた彼女は明るい赤の髪をポニーテールにして、凛とした表情がなかなかかっこいい。多分、男女どちらにもモテるタイプ……というか、五年前はモテてたよな、確か。
で、その彼女をセオドラと呼んだのは……確か俺より十二だか年上だったはずの、中肉中背ちょっと筋肉質、の男の人。こちらはアシュディさんよりは赤寄りの赤黒い髪を短く刈っている。
うん、二人とも年齢知ってるくらいにはよく知ってる人だ。
「サファード様、セオドラ様。わざわざ来てくださったんですか!」
「メルに話を聞きましてね。詳しい話は、僕も聞きたいですから」
「キャスバートをクビにするなんて、信じられないもん。宰相、頭の中茹だってるんじゃないの?」
「茹だったところで食えんがな」
あーいやセオドラ様、そろそろブラッド公爵領ですけど宰相の悪口言うのもどうかと……気持ちはありがたいけど! 顔あげられないじゃないかあ。あとテム、あんなの食べちゃいけません。
「ああ、いいよ。楽にしなさい。そちらの君も」
「は、はい」
お許しを頂いたので、立ち上がる。あーいや、この人、サファード様はわりと緩いからいいんだけどセオドラ様のほうが……って、何でセオドラ様は俺、じゃなくてテムをガン見してるんだか。
その見られている方のテムが、ふむと一つ頷いた。
「マスターよ。こやつら、『ランディスブランド』であるな」
「あ、うん」
わざわざ俺に確認するまでもなく、テムは『ランディスブランド』を嗅ぎ分ける事ができる。王都での結界テストのときに、アシュディさんをくんくんと嗅いで「うむ、惜しいのう」と首を振ったことは記憶に新しい。あの後アシュディさん、べっこり凹んだもんな。
ま、それはそれとして。
「こちらが、神獣システム様でいらっしゃるのかな」
「うむ。我こそはシステム、かつて王都を護りし神獣なり」
「なるほど。ようこそ、ブラッド公爵が領地へ。私は公爵家当主メルランディアの配偶者、サファードにございます」
「メルランディアの妹、セオドラにございます。はじめまして、神獣様」
テムの素性を確認したところで、サファード様とセオドラ様は軽く頭を下げられた。そりゃまあ、この場で一番えらいのは神獣であるテムだしな。
「サファードに、セオドラであるな。何、固くならずとも良い。我と我がマスター、キャスバートが世話になるぞ」
「神獣様のお越しをいただき、感謝しております。ゆるりとお過ごしくださいませ」
テムとサファード様が挨拶してる横で、セオドラ様はじっとテムを見つめている……だけど、その目がキラキラしている。ああ、俺がここを離れる前もセオドラ様は動物が好きだったけど、相変わらずなんだなあ。絶対あれ、テムを撫でたくてたまらないんだ。
と、シノーペが俺の服の裾をくいと引っ張ってきた。
「ランディスさん、配偶者って?」
「ああ。先代当主の長女であるメルランディア様が、今の公爵家当主なんだよね」
ゴルドーリア王国では、貴族の家の後継者は男女どちらでも構わない、ということに建前上はなっている。ただ、昔からの慣習で男が継ぐことが多いんだけどね。王家もそうだし。
でも、ブラッド公爵家は第一子が継ぐのが原則。というか、今の代は長女メルランディア様と次女セオドラ様の二人姉妹だしな。
あと、『ランディスブランド』の血をなるべく薄めないというのが先祖代々の方針で、あちこちに残る『ランディスブランド』から配偶者を受け入れている。
「そうそう。私は入り婿でね、衛兵隊の総隊長として働いているんだ」
シノーペと俺の会話を聞いて、サファード様がさらりとお答えくださった。
サファード様はルンデール侯爵家の三男で、先代侯爵が赤い髪の愛人との間に作った庶子。
愛人の子供なんで厄介者扱いされてたんだけど、そもそも『ランディスブランド』には微妙に届かないレベルの血統だったのが、愛人さんとの間に生まれたことでうまく血統が混じったらしく承認された。
……ブラッド公爵領には『ランディスブランド承認委員会』、とかいうのがあるらしい。何だそれ。もっとも、テムもちゃんとサファード様を『ランディスブランド』と認識してるわけだから、ちゃんとしてはいるみたいだけどさ。
で、サファード様とメルランディア様がお見合いしたら意気投合して婿入り、と相成った。なおメルランディア様、自分のところに婿に入ったってことで手のひらを返したルンデール侯爵家に対してはあからさまに冷たいとか。気持ちは分からんでもない。
「わたくしは姉上の補佐を務めておりますわ。何しろ姉上、次代を腹の中で育てておられる最中なので」
……セオドラ様の言葉に、あっと気がついた。なるほど、そりゃメルランディア様はおられないよな。
ていうか、一介の魔術師が故郷に帰ってきたくらいで当主の配偶者とか妹とかが迎えに来るのがおかしいんだけど。……お身体のことがなければ、メルランディア様ご本人が来てたのはまちがいないんだが。
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