18.王都には戻りません

 テムを見て、近衛騎士たちの反応は……何というか、失礼なものだった。


「な、何を!」


「神獣だと!? 魔獣ではないのか!」


「しかも、言葉を話すなど!」


 ……あーうん、魔獣なら時々見るけれど神獣って結構レアな存在だもんね。俺だって、テム以外には実際に会ったことないしなあ。たとえ近衛騎士でも、知識はあるはずだけどそうそう見たことないよね。

 それはそれとして、彼らの扱いに平然としていられるテムじゃない。


「ほほう?」


『ぴぎゃっ!?』


 あ、結界の幅縮めた。具体的に言うと、気をつけの姿勢のまま動けなくなるくらい。皆両手を上げて結界の壁を触っていたところにこれなので、腕とか胴体とか結構きつそうである。


「国王陛下は、システムのことをご存知ですからね。王都へ帰還した際、おかしなことを言えば厳しい処分になるかもしれませんよ」


 一応そう言い置いて、それから俺は自分の意見をはっきり言うことにする。本当なら、王太子や宰相にぶつけたい言葉なんだけど……まあ、あの二人に直接ぶっちゃけたらえらいことになるのは目に見えてるし。


「せめて、王太子殿下や宰相閣下からの謝罪の言葉が一言でもあれば、俺は少しは考えましたよ。お二方にはあまり良い思いは抱いていませんが、国王陛下には御恩を感じていますから」


 床に臥せっておられるとは言え、ゴルドーリア王国の盟主は今なおワノガオス国王陛下、その人である。王太子に向ける敬意があればその分、国王陛下に向けまくるぞ。これは俺だけじゃなく、シノーペもファンランもきっと同じはずだ。

 特に俺の場合、そう思うようになった理由もあるからな。


「……国王陛下は、新しい特務魔術師の選出に際しわざわざご自身で足を運ばれ、その上で俺を選んでくれました。だからこそ、これまでテムとともに王都を護る任務をこなしてきたんです」


「さすがでござるな、国王陛下」


「うむ。我のもとにマスターを連れてきた人の王は、何よりも我とマスターが仲良くなることを望んでおった。良い王、なのだがな」


「失礼ながら、どうして王太子殿下はあのようにお育ちになったのでしょうかね? 宰相閣下はお家が力をお持ちですからまあ、何となくわかりますが」


 今度は俺の言葉にファンラン、テム、そしてシノーペが同意してくれた。特に馬車の中からでもはっきり聞こえるように言ってきたシノーペ、その意見には超同感だぞ。


「その信頼を宰相閣下、そして王太子殿下は嘘をつくことで反故にした上、謝罪もなしに尻拭いをしろとお命じになる。どうせ今回も、国王陛下はご存知でないのでしょう?」


「何であれば、王都に直接問い合わせるという手段もあるぞ? また阿呆共が王都の寿命を縮めた、と人の王の怒りを買うか?」


「何をっ! 不敬な、この結界を解け!」


 まあ、怒らせるような言動したのは事実だけどさ。テムも煽ってるし……だけど、テムの結界に閉じ込められた状態でアレだけ上から口調ができるのはすごいな。自分たちの生命が、ここにいる神獣の胸の内一つで終わるってわからないのかな。

 わからないんだろうな、うん。だから、あんな言い方でテムが解放してくれると思っているんだ。

 当然無理だけどさ!


「断る。マスターに仇なす愚か者を、我が無罪放免とするものか」


「テムさん、中に軽い魔術撃ち込んだほうがいいでしょうか?」


 ここで、シノーペが馬車から顔を出してきた。魔術を防ぐ結界ならシノーペの魔術は近衛騎士たちには届かないけれど、あの結界を作ったのはテムだしなあ。どうにかするだろ。


「水を通さぬ結界に切り替えるか? 道の上に立ったまま溺れ死ぬという、酔狂な物が見られるのう」


 本当にどうにかしそうだ。というかテム、そういうのはあんまり見たくない。出来上がってしまった後、どうするんだよ。放置プレイは見苦しいよ。

 なおファンランは「あちゃー」と言わんばかりに顔を抑えているわけだけど、これは誰に対してだろう?


「テムもシノーペも、やめてやれよ。悪いのはこの人たちじゃないし」


「はい、ランディスさんがそう言うのなら」


「ちぇー」


 ひとまず二人に声をかけてみると、シノーペはあっさり引っ込んでくれたけれどテムのほうがなあ。マジで溺れさせたかったのかな、こいつらを。


「ちぇー、ではないでござるよ? テム殿。下っ端の生命が奪われたことを口実にして、本気で軍を差し向けてこられては正直面倒でござる」


「……なるほど。ちと面倒だな」


 そこに入ったファンランの説得には、さすがの神獣も納得してくれたようだ。あーうん、宰相あたりが王都に対する叛意であるーとか何とか言いそうだものな。いやだなあ、それ。


「軍なぞ大した相手でもなかろうが、あの王にあまり心労をかけさせるわけにはいかぬ。子育てには失敗したようだが、王には一定の敬意を持ち合わせておる故な」


 そう言い置いて、テムは俺のもとに戻ると額をすりと擦り寄せた。ああよしよし、ぐりぐりしてやると目を細めて幸せそうな顔をする。いや本当に、大きい猫だよなあ。


「数時間もあれば、結界は解けるであろう。我がマスターの慈悲により、生命は刈らずにおく。参ろう、マスター」


「ああ、うん」


 あ、結局このまま放置なわけね。道の真ん中ってわけじゃないし、人が通りかかったら見世物になっておいてもらうか。

 がんばれよ、と思いつつ俺たちは馬車に戻った。動き始めたところで、シノーペとファンランが声を上げる。


「ランディスさんもテムさんも、慈悲深い方で良かったですね!」


「結界が解けた頃には制服が汚れているでござろう。早めに帰ったほうが良いでござるよ!」


 ………………鬼か、あんたら。

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