17.近衛騎士よりも上から目線

「そこの馬車! 停止せよ!」


 どかどかと荒い足音を立てて接近してくる馬、三頭。その背にまたがっているのは見慣れた制服、近衛騎士の姿だな。まあ、ちらりと見えたあの顔は知らない人たちばかりだけど。


「多分、王太子殿下直属部隊です」


 シノーペがひそひそ声で教えてくれた。ああそうか、次期国王なもんで護衛として一部隊を直属で持っているんだっけか。

 耳だけをぶるんと震わせたテムは、背もたれを辞めるつもりがないようだ。多分、相手の態度に腹立ててるな。


「上から目線だな。ふん」


「まあなあ。ま、止めようか。ファンラン、この先に広場あるんじゃないか?」


「見えてきたでござるよ。すぐに止めるでござる」


 とは言えこのままではどうしようもないので、ファンランに頼んで少し広い場所で止めてもらうことにした。道の途中にはいくつか広場があり、トラブルが起きたときの避難場所になってるんだよね。

 止めた馬車からは、当事者ということで俺だけが降りよう。テムは今のところ動く気がなさそうだし、シノーペは待機しておいてほしいし、ファンランはいざというときに馬車を動かすために必要だから。

 ところで、ファンランに反応しないってことは同じ近衛騎士でも、王太子専属部隊って他の部隊と交流ないんだな。やれやれ。


「キャスバート・ランディスに間違いないな?」


「はあ」


 馬から降りた三人は、そんなことを言いながら俺を包囲する位置についた。あーこれ、力づくで何とかしようって感じだな。俺がキャスバート・ランディスであればさて、どうするつもりやら。


「王太子殿下の命である。即刻王都に戻り、特務魔術師の任につけ」


「は?」


 何だ、その上から目線で分かりやすく「俺たちの尻拭いをしろ」宣言。

 御者台でファンランが「ふむ」と目を細めているぞ。ひとまず、お前が手を出す必要はないと視線合わせて首を横に振っておこう。


「……」


 ……あ。

 馬車の中でシノーペとテムが地味に殺気立ってる。とりあえず殺しちゃだめだぞー結界で殴るだけにしとこうなーと祈る。祈るだけだけど。

 まあ仲間はともかくとして、だ。今俺の周りにいる近衛騎士たちをどうにかしないとなあ。さっさと帰りたいだけなんだから、そこを通してほしいもんだが。

 そう言っても王太子の命令だからって言ってくるだろうし、とりあえずこちらは屁理屈で応戦するか。


「俺の解雇は宰相閣下が決定し、王太子殿下が認可したものですが、そこに何か問題でもあったんですか?」


「特に聞いてはいないが、キャスバート・ランディスを元の地位に戻すために連れて帰れ、という命令が出ている」


 ひとまず尋ねてみたけれど、まあちゃんとした答えは帰ってこないよなあ。いくら何でも自分の配下に「勝手に人クビにしたけどやばいから連れ戻せ」、なんて全部が全部言えるわけでもないだろうし。

 ん、あ。


「……もしかして殿下と閣下、陛下に怒られたんじゃないでしょうね」


「無礼な!」


 その程度で怒るのは、本人だけにしておけ。と言うか、テムの目の前で怒られてたらしいけど……この人たちは知らないか。


「そのくらいでなくば、一度取り決めたことをあっさり撤回するとは思えんでござるなあ」


「ちょっとくらい自分が悪かった、って分かるような言葉でもあればねえ、と思うんですが」


 ついついファンランが口を挟んできた気持ちは、すごく分かる。多分王太子と宰相は、国王陛下から特務魔術師の任務とかテムのこととか教えられて怒られて、今後の状況を挽回するために俺を連れ戻そうとしてる。自分のメンツのために。

 それでハイそうですか帰ります、なんて言えるほど俺は大人じゃないんだ。

 でもそれは、近衛騎士の人たちには分からない。ファンランやマイガスさんが、ちょっと特殊なだけだ。


「王太子殿下の命に対しその態度! 不敬罪である、捕らえよ」


 さすがに、少し怒らせすぎたかなとは思うけれど。だけど、無防備に突っ込んでくるのもどうかと思うんだよ。

 俺が結界を展開しようとした瞬間。


「うるさい」


 俺より一瞬早く、馬車の中からテムの声が響いた。次の瞬間がんがんがん、と硬いものにぶつかる音がして近衛騎士たちは全員が顔を抑えてうずくまる。

 彼らの周りをそれぞれ、移動を阻害する結界が取り囲んでいた。コンパクトで、中の人間は両手を横に広げることもできない。結界に関してはそれなりに高レベルを自負しているけれど、これはさすがに俺じゃ無理だ。


「人の王は、我が王都を離れることを良しとしておった。王の子は、王より偉いのか?」


 みしりと馬車をきしませて、テムが馬車から降りてくる。有翼の獅子が、虹色の毛並みを僅かな風に揺らしながら現れるその姿を近衛騎士たちは、一瞬で痛みを忘れたようだ。まあ、びっくりするよなあ。


「な、ななな」


「我こそは『かつて』王都を護りし者、神獣システム。我がマスター、キャスバート・ランディスに対する宰相及び王太子の愚かなる行為に呆れ果て、王の同意の元に王都を離れた」


 ばさりと背の翼を羽ばたかせ、神獣は堂々と名乗ってみせる。嘘だと思っても、国王陛下はテムのことご存知だしなあ。王都に帰ってどんな報告するんだろうな、この人たち。


「マスターを連れ戻したところで、我がおらねば王都の護りは元に戻らぬぞ? 覆したくば、人の王の手になる書簡を持ってこい。少しは考えてやろう」


「システム殿。考えるだけでござるかな」


「人の王が書を認めればこそ、頭の端に置いてやるのだ。それだけでもありがたいと思え。我がマスターに無礼千万振る舞った宰相や王太子の尻拭いなどに、誰が乗るものか」


「ですよねえ。というか、せめて部下の人にごめんなさい俺が悪かったです、って伝言はつけられないんですか?」


 ここにいる中で一番の上から目線の存在であるテムは、言うだけ言って帰ってやる気皆無なのが丸わかりの返答をぶちかましてみせた。あとファンラン、シノーペ、しっかり便乗すんな。気持ちはわかるけど多分こいつら、大げさに報告して王太子殿下怒らせるぞ。

 ……国王陛下ごめんなさい。そういう人がいる王都には俺、帰りたくないです……。

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