16.少し急いで行きましょう

 その日の夕方。

 既に街を出た俺たちは、少し速度を早めて道を進んでいた。食料や必要な道具の買い出しは終わっているから、この後は街で宿を取らなくてもおそらく問題はない……と思う。シノーペとファンランが水浴びとかしたいだろうから、ちゃんと泊まったほうがいいか。


「この街からブラッド公爵領までは、三日ほどでござったな」


「普通の乗合馬車くらいの速度で行けば、ね」


 御者台から振り返るファンランに、俺は一般知識として頷く。普通の速度で三日間、それで到着するのはブラッド公爵領の端っこ。今の速度なら多分、その三日でブラッド公爵邸のある街までたどり着けるはずだ。


「手紙を速達で送る場合は、王都から一日だか二日だかで届くらしいよ」


「馬を街ごとに、走れるだけ走らせてのリレーですね。近衛騎士団もそうですが、魔術師団でも使います」


 シノーペの言葉に、俺はおじさんを思い出す。そう言えば、最初に会ったときにあのおじさんが運んでいた手紙、どこまで行ったんだろうなあ。さすがにもう、宛先には届いているよな。

 薄い数枚の紙を大急ぎで送る場合、当然馬車を引かせて走らせるより、人一人載せて走らせた方が速度は出る。ただ、たとえ隣街までとはいえかなりの速度で走らせるわけだから、馬も大変だ。


「馬も、使役獣として大変な任についておるのう」


 獅子の姿で俺やシノーペの背もたれになってくれているテムが、俺と同じことを考えていたらしく小さくため息をついた。

 シノーペは最初遠慮したんだけど、テムが「マスターの友であるなら、我にとっても友だ」と言い張ったんだよね。これはファンランにも適用されるらしい。


「済まぬな。少しだけ急いでほしいでござる、どうやら追っ手が来るみたいでござるでな」


 ひそりとささやくファンランの声に答えるように、馬車を引いてくれている馬がひひん、と鳴いた。




 時間はちょっと前、お昼に遡る。

 おじさんと別れた後宿に戻り、ファンランに手紙を渡した。「自分に、でござるか。はて」と首をひねりながら封を切り、さっと中身に目を通してからファンランは、俺に視線を戻す。


「……ランディス殿。早めに街を出たほうが良いでござるよ」


「え、何で」


「宰相閣下の配下が、ランディス殿とテム殿を王都に連れ戻すために派遣されたそうでござる」


『は?』


 俺と猫のままのテム、そして一緒の部屋にいたシノーペの声がぴったり重なった。いやだって、そうだろうさ。

 ほんの二、三日前に俺をクビにして王都から追い出し、その結果テムを怒らせてしまった宰相が、今更俺たちを連れ戻そうなんて。


「……つまり、ランディスさんとテムさんにもう一度王都に結界を張ってもらえば万事解決、と?」


 呆然としたままシノーペが紡いだ言葉に、俺はああと納得した。

 王太子ともども国王陛下に怒られて、王都を護る結界の実態を知らされて、それで宰相は考えたんだろう。

 結界を展開する神獣システム、神獣と協力する『ランディスブランド』である俺を連れ戻して、元の任務に復帰させればいいのだ、と。


「まあ、一番単純な解決方法なんだけどさ……何考えてるんだ」


 自分でそう呟きながら、まあ多分保身だろうなとは思う。王都を守る義務を俺たちに押し付けて、自分は自分の立場を守ろうとしてるんだと。

 いや、それで納得できるか? 俺もそうだけど、テムだって。


「我は戻らぬ。どうせ、人の子の分際で謝罪もせずに上から目線であろうに」


「ですよねえ! 一方的にランディスさんをクビにしておいて、状況がやばいと分かったから手のひら返しってないです!」


 呆れ声を上げたテムは当事者だからいいとして、何でシノーペがそこまで怒るんだろう。ああでも、俺たちのことを気遣ってくれてるんだから嬉しいけどね。


「第一、宰相には良い魔術師の甥がいるようだから、それに結界を展開させればよかろうて」


 テムがムスッとした声で、そんなことを言う。そういえば、親戚の魔術師がかなり能力高いんだったっけなあ。惜しむらくは、その人がテムが好む『ランディスブランド』じゃなかった、というところで。


「甥でござったか?」


「ああ、それ知ってます。遠縁の親戚なんですけど、魔術師として一流だからって宰相閣下が弟の養子にされたとかなんとか」


 ファンランの疑問には、同じ魔術師だからだろうなあ、シノーペが答えてくれた。そういう情報、どこから来たんだろう……って、宰相自身が広めてるかアシュディさんが知ってるか、くらいだけど。


「ふむ……何で自分の養子にしなかったのでござるか?」


「何でも、宰相閣下の奥方と当の魔術師のご実家が仲が悪いんだそうです。ランダート団長がそうおっしゃってました」


「めんどくさいでござるな!」


 いやほんと、それは面倒くさいな。

 奥さんと親戚が仲悪くて、でも能力の高い魔術師を身近に置いておきたくてそうなった、と。

 そんな事を考えていたら、テムがにゃあおと声を上げた。肩がこるとか言ってる割には、猫姿のテムはだいたい俺の肩の上にいるんだよな。俺のほうが肩がこるってのに。


「まあ、マスター。阿呆共の家庭事情はさておいて、ファンランの申したように急いで発ったほうが良いぞ。事によっては、先回りして待ち伏せなどしかねん」


「……ああ、そっか」


 王都を出ることになった俺がどこに向かうかと言うと、故郷であるブラッド公爵領に帰ると考えるのが一番自然だ。他に行くところってあまり思いつかないし……まあ、宰相もまずそう考えるだろう。

 そうすると、こちらに自分の私兵とか王太子が使える部隊とかを向かわせて俺たちを捕まえようとするだろう。要は、俺とテムを王都に連れ戻したいわけだし。


「荷物は、ほぼ積み込み終わってます。本当なら、明日の朝早く出る予定でしたよね」


「自分はいつでも行けるでござるよ。馬も、程々に元気そうでござった」


 シノーペとファンランが、それぞれに報告をくれる。状況が状況だし、ここはサクッと決めたほうがいいだろう。


「じゃあ、今から街を出よう。少し急ぎで、ブラッド公爵領を目指す」


 ちょっとだけカッコつけた俺の言葉に、テムはふにゃあんと頬ずりで答えてくれた。あーもー、猫でも獅子でももふふわしてて気持ちいいんだよなあ、この毛皮。




 ……それでまあ、こうやって馬車で急いでいるわけなんだけど。

 獅子でももふふわなテムが、ふいと顔を上げた。


「マスター、後ろから来ておるぞ」


「あー、見つかったかあ」


 やれやれ。

 宰相閣下、変なところは手回し早いんだよなあ。俺の部屋の荷物とかさ。

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