09.食べるな危険とたしなめる

「で、マスター。楽しそうなことをしておるようだが、この半殺しにしても良さそうな輩は何だ?」


「…………っ!」


 ごろんごろんごろん。

 あーまあ、いきなり空から降ってきた翼のある獅子が自分たちのこと、ぶっとい前足でころころ転がしてるのは刺客御一行にとっちゃ恐怖でしかないよなあ。全員青ざめた顔が引きつりまくってるし。

 それにしても、青空の下でテム……神獣システムを見るのは初めてだけど、綺麗だなあ。白い全身に、光が反射すると微妙に虹の色が見えるんだ。

 ……ま、それはまた後の話として。


「暫定、馬車を襲いに来た山賊。実際のところはちょっと分からないけれど」


「なるほど。我がマスターを王都から追い出した愚か者の手先の可能性がある、ということだな」


 大雑把に説明したところ、テムは納得顔で中のひとりにぐわ、と牙をむき出しにしてみせた。あ、食われると思って気絶しちゃったな。


「いや、何でそういう考え方になるのでござるかな」


「んむ? そなた、マスター・キャスバートの友であるか?」


 つい突っ込んだファンランに、テムが視線を向ける。そうだな、彼女だけテムは会ったことないもんなあ。

 紹介するか、と足を踏み出す前にファンランが、神獣の前に膝をついた。


「お初にお目もじ仕る。自分は近衛騎士団の一員にして、キャスバート・ランディス殿の友でもあるファンラン・シキノと申す。神獣システム殿のお話は、ランディス殿からお伺いしていたでござるよ」


「ふむ。……マスターが我の話をしたということは、信ずるに値する者のようだな?」


「ああ。今もこうやって、一緒に来てくれてる……あ、昨日はごめん!」


 ファンランのことをテムが受け入れてくれたようでほっとした、ところで昨日のことを思い出して慌てて頭を下げた。出勤直後にクビを言い渡されたもんで、昨日はテムに魔力供給ができなかったんだよなあ。

 休日とかは事前に言っておけばテムは理解してくれるし、休み明けにお土産持っていって色々話をすれば機嫌が悪くなることはない。そのくらいには、俺は神獣とは仲良くやれてたと思うわけだ。


「案ずるな。マスターのせいでない、ということはよーく分かっておる。というか、愚か者共が自首してきたぞ」


『は?』


「昨夜遅く、宰相だか王太子だかが我のところに来たのだ。そやつらがまっこと愚かしいもので、マスターを追い出した上我を契約で縛ろうなどという戯言をほざいてきおったでな」


『はあ?』


 テムの説明に俺、シノーペ、ファンランの声が重なる。いや、それ、どこから突っ込んだらいいのさ。

 それって思いっきり、ゴルドーリア王家がテムとの契約破棄しますって言ってるようなものじゃないか。いや破棄したんだろうな、テムがここにいるってことは。


「あ、あの、国王陛下、は」


「人の王は平謝りであったぞ。愚か者どもはどこまでも、己の所業の愚かさを理解できていなかったようだが」


「そう、ですか」


 恐る恐る尋ねたシノーペに答えたテムの表情が、ふんと鼻息荒い大型猫のものにしか見えないのはまあ、造形が獅子だからなんだけど。

 ちなみに、たてがみはない。神獣には本来性別とかないらしいんだけど、テム曰く『マスターが雄である故、こちらのほうがよかろう』だとさ。まあ、気にしないことにしよう。

 気にするのは、相変わらずそのテムがごろごろと転がしている刺客の皆さんだよな。既に全員、泡吹いて白目状態なので、ここから袋叩きにするのはさすがに問題かな。やりすぎ、と怒られそうだ。


「まあ、それはおいおい。ひとまずは、これの処分じゃの」


「食べちゃだめですよ、システムさん。ばっちいので」


「案ずるな。我も、このような者を食らって腹を壊しとうはない」


 ばっちい、って……子供に対して使うような言葉、テムに使っていいのかよシノーペ。もっともテム自身も、しれっと返してるからいいのかな。


「……神獣って、お腹壊すのでござるか……」


 ファンランは全く別のことを考えているようだけど……俺がお土産で持って帰った食べ物食べてお腹壊したことないから、単にシノーペのアレは食べるな、という注意なのかね。

 まあ、食べないでほしいのは俺も同じだし。


「ひとまず、ロープ持ってくるから適当にお相手してやって。次の街で衛兵にプレゼントするから、ほどほどにな」


『はーい』


 なんで声をかけたら、神獣込みで三つ声が帰ってきた。当たり前のように混ざってるのがすごいな、神獣システム。

 もっとも、ああいう人なつこい性格だからこそ、今までお城の地下に閉じこもって王都を守るなんてお仕事を引き受けてくれてたんだろうけど。人を守ってくれる、いいやつだから。


「………………!」


「おうおう、結界で声が封じられておるのだな? よいよい」


 ごろごろと転がすのをやめて、テムが刺客さんたちを見下ろす。どうやら、ほどほどに目が覚めたらしい。

 とは言え今の構図は、どう見ても肉食獣が獲物いただきます、って感じだよなあ……食べるなって声はあっちには聞こえてたと思うんだけど、それで信用できるかと言ったら、はて。


「我がマスターとその友に害を加えようとした、愚か者が。食われたほうが楽になれる、と思うておけ? な?」


 ああ、獅子が全力で笑って見せたらそれこそいただきまーす、だぞ。ほら、また泡吹いた。

 メンタルぶっ壊れる前に、普通に縛り上げて街まで連れて行ってやろう。そのほうが、彼らのためになる気がする。気がするだけだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る