10.やはり美味いものは美味い

 とりあえず落ち着いたところで……気がつくと、すっかり日が高くなっていた。全員で刺客さんたちに八つ当たりしたのと結界展開とかしたせいか、食ったばかりの腹が空いた。

 もうどうせなので、ここで昼食にしよう。テムも合流したことだし……こいつに変なもの食わせるわけにはいかないからな。

 なお刺客さんたちに関しては、ぐるぐる巻きに縛り上げたうえで動けなくなる結界の中に放り込んだ。さっきの焼肉の匂いが漂うそばに放り出しておいてやろう。いい匂いだろ、匂いだけだけど。


「あの人たち、次の街まで大丈夫でしょうか?」


「馬車襲撃するのに、栄養補給してないわけないだろ。食い詰め者が腹減ったー、って来たわけじゃないし」


「それもそうでござるな」


「何、一日程度食を取らずともあやつらは死なないであろ」


 というわけで、全員一致での結果である。音は封じてあるから何を言っているかは分からないけれど、まあそこでのたうち回ってろ。

 なお昼食は、昨夜サンドラ亭から提供されたサンドラ弁当である。焼き肉と野菜の煮物、それぞれをパンに挟んで肉汁と煮汁を吸わせるというある意味豪快なやつだ。俺の収納魔術の隅っこにしまっておいたので、傷むこともなく持ってこられた。


「腹が減っては戦ができねえ。多めに持っていけ、明日の晩くらいまでならいけるだろ」


 そう言って弁当の山渡してくれたマイガスさんには、本当に足向けて寝られない。

 テムが来る予定がなかったので三人での旅路のはずが多めとはいえ何故か十人分あるとか、お金払うって言ったんだけどマイガスさんとアシュディさん、それにちょうどやってきた近衛騎士さんや王都守護魔術師団員さんたちが全部払ってくれたとか、いろいろあるんだけどな。


「うむ、相変わらず美味であるな」


 前に、俺が持っていった弁当を食べたことがあるテムにひとまず一食贈呈。獅子なので手を使っては食べられないんだけど、一口で食べられるから問題ない。ああ、中身が落ちたりしないように青菜を使った紐で結んであるんだよね。それでも散らかるけど。


「まあ、サンドラ亭のサンドラ弁当だからな。当然美味しいに決まってるんだけど」


「お弁当を速攻で作っていただけて、本当に助かりましたね」


「団長たちには、いずれ礼をせねばならんでござるなあ」


 全員で草の上に座り、むしゃむしゃ頂く。うむ、野菜の煮汁が染み込んだパン、すごく美味しい。ちょっと濃い目の味付けなのは、サンドラ亭の常連はだいたい肉体労働組だから。持ってきたお茶で、口の中をスッキリさせよう。


「まさか、テムが来るとは思わなかったからなあ。せっかくだし、もう一つ食べるか?」


「おお、ぜひいただこう」


「よし、今出すからちょっと待ってろ」


 収納魔術というのは、アイテムをしまうためのものである。魔術師はだいたい持ち合わせている魔術で、中にはこれを使った運送業をやってる魔術師もいる。生きてるものは入れられないので、魚や鳥獣はシメてから。

 しまった物の重さは感じないけれど、入ってるものに応じてじわじわと魔力消費するんだよね。だから、中身はあまり入れないに越したことはない。もっとも、弁当を一つ多めに取り出したところで消費魔力ががくんと減るわけじゃないけどさ。

 ……早く、しまってる家具出したいなあ。実家についたらこれ全部、即配置しよう。その前に多分、修繕と掃除だけど。


「というか、そもそも神獣ってご飯食べるのでござるな」


「人が食せるものなら、大体は消化できるぞ」


 感心したようにテムを見つめるファンランに対し、当の本人……本獣? まあいいか、テム自身はべろんと肉汁や煮汁を舐め取りながら満足気に目を細める。


「主食は人の魔力だがな。中でもここ数百年、『ランディスブランド』以外の魔力を食したのは数えるほどだ」


「その数えるほど、の中に私も入るんですよね」


「うむ。あと、そなたらのところの団長な」


 『ランディスブランド』の魔力提供でなくても、テムに結界を張ってもらえるかどうかの試験。そこに参加してくれた二人のことか……テムはずっと王城の地下にいたから、『ランディスブランド』が選ばれる特務魔術師以外の魔力なんてめったにもらわないよな。

 そんな事を話していたら、弁当の後始末をしていたファンランがこちらに向き直った。


「ランディス殿、システム殿。そういえば、前から疑問に思っていたのでござるが」


「ん? 何?」


「『ランディスブランド』でなければ、何故王都を守る結界をテム殿が展開することができぬのでござるか?」


 ……あー。

 そう言えば、ゴルドーリア王国の上層部とかにとっては当たり前のことだけど、理由ははっきりさせてなかったっけ、そこら辺。

 なお一般的な国民としては、特務魔術師が結界を展開するための任務についている、くらいの認識のはずだよな。神獣システムの存在って、国王陛下と特務魔術師と、あとこの前の試験手伝ってくれた人たちとか本当に一握りしか知らないし。

 というかまあ、割と単純な理由なんだけど。


「『ランディスブランド』の持つ魔力が、我と一番相性が良いのだ。少量の魔力で効率よく、大型の魔術を展開できる」


 あと美味しい、の一言を付け加えてテムはうーん、と思いっきり伸びをしてみせた。こういうところ、分かりやすく大きな猫なんだよなあ。いや、可愛いからいいんだけど。


「相性が良い魔力は魔術の展開に効率がよく、なおかつ美味なのでござるかな?」


「そのとおり。ファンランとやら、飲み込みが早いのう」


 まとめると、確かにファンランの言う通りなんだよな。

 神獣にとって、人が持つ魔力はそれぞれに相性の良し悪しがある。相性の良い魔力ほど効率がよく、少量で大きな魔術を使える。

 また、相性がいい魔力ほどその神獣にとっては美味しい、らしい。魔力の味なんて俺、知らないからなんとも言えないけれど。


「それでシステムさんは、『ランディスブランド』の人に専属お世話係になってもらって結界を展開してた、というわけなんですよね。そういう契約で、お城の地下に入られた、と」

「そういうことだ。非常事態のときなどにそれ以外でもできぬかどうか、とマスターが提案してきたのでな、実際どうなのかと確認のために先だっての試験は行われたわけだ」


 シノーペとテムが、納得したようにうんうんと頷きあう。

 いやー、『ランディスブランド』に近いアシュディさんの魔力ですらがくんと効率が落ちたのには驚いたけどな。


「故に、契約を無視してマスター・キャスバートを除き『ランディスブランド』にかすりもせぬ魔術師をあてがおうとした時点で我は、あの国には愛想が尽きたわけだ」


 軽く毛づくろいをしながらテムは、そう言って話を締めくくった。

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