08.色々と呼んでいない客人
特務魔術師を解雇された翌日。
俺は、前日の夕方には程々の馬車を馬ごと購入して王都を離れていた。いや、最初は乗合馬車使おうと思ったんだけどさ。
「自分、御者を務めることができるでござるよ。お任せあれ」
ファンランがうきうきと名乗り出てくれたので、その好意に甘えることにした。ブラッド公爵領までちょっと距離あるし、シノーペも一緒だから馬車での移動、というのは悪くない選択肢だと思ってさ。
「ファンランが御者ってのは、すごく贅沢なんじゃないか?」
「いえいえ。ランディス殿の足となれるのは、光栄なことでござるよ」
御者台で、ファンランはひどく上機嫌だ。ま、いい天気だしなあ。一緒に購入した馬も機嫌がいいみたいで、安定してぽくぽく歩いてくれてる。
一方、なぜかシノーペは軽くすねていた。馬車酔いとかはしてないみたいだから、まだいいけど。
「御者はやったことないです……くそー」
「俺は田舎で、荷物運びとか必要にかられてやってただけだしなあ」
「自分も移動や任務などで、やらねばならなかったのでやっただけでござるよ」
というわけで、すねてる理由は『自分だけ御者の経験がないから』である。それを言ったら俺は近衛騎士だったことはないし、ファンランは魔術師だったことはないんだけどなあ。
王都守護魔術師団は専属の馬車部隊がいるから、団員が御者やる必要はないんだよね。魔術師は魔術に専念してくれ、ってことで。
俺も外に出るなら便乗できたんだろうけれど、あいにく特務魔術師の任務じゃ王都離れないからな。
「ティアレット殿は自分より資金繰りが上手でござるから、そちらをお願いしたいでござるよ。自分、大金にはほぼ縁がござらんでなあ」
「そ、そういうことでしたら!」
おお。ファンラン、うまくシノーペの気分を引き上げてくれたな。
昨日、馬車を購入するときに馬つけてもらう代わりに合計金額値引きしろ、とか売り主との交渉をガッツリやってくれたのは実はシノーペだった。
ファンランも俺も、そういう交渉なんというか苦手なんだよね。ファンランは口調で馬鹿にされるって言ってたし、俺は田舎でなら平気なんだけど……その、王都に出てきてすぐ軽い訛りを指摘されたことがあって、それから都会ではどうも、な。
ブラッド公爵領は王都から離れていることもあって、微妙に田舎扱いである。領主が権力争いにあんまり興味がないということもあって、王都との交流が他の公爵家よりかなり少ないらしい。
特務魔術師になるときに一度だけ会ったことがあるけど……お元気かなあ、公爵様。
「それはそれとして。もう少し先に草原があるそうですから、そこで休憩しませんか」
そうしてあっさり復活したシノーペの提案に、俺は乗ることにした。そう言えば、膝の上に地図広げてたな。
休憩には俺も賛成だ。もうすぐお昼で、まあぶっちゃけ腹減ったし。
「ああ、そうだね。俺たちもだけど、馬もお腹が空いてるだろうし」
「了解でござるー。馬殿、もうしばらく頼むでござるよ」
ひひん、とファンランに答えた馬の声に、俺もシノーペも思わず顔がほころんだ。
「うんまーい、でござる!」
草原で馬車を止めて、馬はもふもふと草を食んでいる。俺たちは馬車の側で、昨日買い入れておいた肉や野菜やパンを焼いて食っている。青空の下で食う、とろけたバターが染み込んだパンは美味いだろ、ファンラン。
このいい匂いに惹かれて野生の獣が近づいてこないよう、周囲に匂いよけの結界を軽く展開しておいた。まあ、大丈夫だろうと思う。俺はともかく、シノーペの魔術の力とファンランの騎士としての実力は俺知ってるし。
「シノーペ。肉ばっかりじゃなくて、焼いた野菜も甘みが出て美味しいよ?」
「は、はい、食べますっ」
基本肉体労働なファンランが肉多く食べるのはわからなくもないけど、シノーペが野菜を口にしたがらないのはちょっとわからない。俺は……焼いた芋は美味い、うん。
「ランディス殿も、青菜を食べるでござるよ?」
「はいごめんなさい」
うう、ファンランにたしなめられてしまった。彼女の手元を見ると、肉と野菜がこんもり挟まったサンドイッチが出来上がってる。うん、俺もしっかり食べないとな。
もぐもぐ、と肉を包んだレタスを食べきってからシノーペが、うんざりした顔で軽く指先だけを動かした。
「……ランディスさん、あれ」
「あー」
その指が示した先、ちらりと気配がする。こちらを狙っているのが分かるから……えーまじか、推定宰相閣下と王太子殿下の差し向けた刺客ってやつ? それにしては、分かりやすくガラの悪い方々でいらっしゃるんだが。
同じところに疑問を持っていたのは、シノーペもファンランもだったみたいだ。
「お金をケチったのと、こちらには自分たちの陰謀がバレてないので隠したかったのと、どちらだと思いますか?」
「両方でござるな」
シノーペの提示した理由を、ファンランがあっさり肯定する。ケチるなよ宰相、あとまさか本気でバレてないと思ったのか。もしもう一度会う機会があったのなら、尋ねてみることにするかあ。
「兄ちゃん、可愛い子連れてるじゃねえか」
「女と荷物置いていけよ。そしたら、生命までは取らねえぜ」
刺客の皆さんが口にする言葉は、割とよくある脅し文句だった。いや、もうちょっと芸がほしいところだったけど、まあいっか。
「捕縛結界、タイプ内部防音」
「え?」
俺が軽く詠唱して、刺客御一行の周囲に結界を展開する。敵を捕まえる用のもので、中から外には出られないけれど外からの干渉はある程度可能なやつだ。タイプ内部防音というのは、音声に関しても同じというやつ。中の声は外には聞こえないけれど、逆はあり。
つまり。
「ファンラン、シノーペ、適当にフルボッコにして次の街で衛兵に突き出すぞー」
「承知でござる」
「可愛い子って言ってくれたことに免じて、半殺しでとどめてあげますねー」
三人して笑顔で物騒なことを言い放つのがあちらには聞こえるけれど、それに対する反論やら悲鳴やらはこちらには届かないわけだ。いや、襲ってきたのそっちだし。まだ力振るわれてないけど、少なくとも脅迫ゼリフ吐いた上にそれぞれ武器をお持ちだし。
で、それへの対抗としょうして俺とシノーペは馬車に積んだ荷物の中から取り出した杖を、ファンランは鞘から抜かない剣をそれぞれ構えた。このまま捕まえてもいいんだけど、半殺しにしたほうが運ぶときおとなしくてすむからな。
そして、総掛かりで殴ろうとしたとき。
「まーすーたーああああああああ! 我も混ぜろおおおおおおおおおおおおお!」
上から、俺がとっても聞き慣れている声が落ちてきた。それと一緒に、ひとかたまりの影も。
「へっ!?」
地面に着地する一瞬、ふわりと風が舞った。そうして影は着地すると、バサリと背中の翼を震わせる。
「テムう!?」
「システムさん!」
「こ、この方が!」
この場に現れるのがおかしい、というか王都防御はどうしたとツッコミを入れたくなる存在。
王城の地下にいたはずの神獣、王都を守る結界を展開する存在、システムがそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます