Hello!

ぜろ

Hello!

 日曜日の朝、大あくびして起きると、ママが朝ごはんをテーブルに並べながら随分機嫌良さそうにしていた。訊いてみると、今日は従姉が遊びに来るらしい。急いでトーストをやっつけて牛乳も飲みほし、目玉焼きが崩れないように慎重に食べ終わると、僕は慌ててパジャマのボタンを外してお気に入りのTシャツに着替えた。下はジーンズでも良いだろう。それから机の上にある自転車のキーを取って、外に出る。お腹は重いけれど駅までなら十分こなれるだろう。

「迎えに行って来るー!」

「二人乗りはしちゃだめよー? ユーヤ」

「はーい!」

 のっそり起きてきたパパが新聞を玄関から取り出すと同時、僕はペダルを踏みこんだ。



 従弟のところに行こうとしたら運悪く列車強盗に掴まった。面倒くさいなあと思いながらポシェットから紙を出し、色々書きつけてからくしゃりと丸める。するとその音にマシンガンを構えていた男が気付き、おい、とあたしに声を掛けて来る。膝の上にはバスケット。せっかくちょっとはおめかしして赤いチェックのワンピースにパフスリーブのブラウス、赤毛のアンみたいな帽子に癖っ毛には面倒くさい三つ編みまでして来たって言うのに、かったるいったらない。

「何を隠した。見せろ!」

「うんち」

「はあ?」

「だからうんち。この子の」

 バスケットを開けるとマイクロ豚のウィリーが顔を出す。今のところ私にしか懐かないけれど、従弟はどうだろうなあ。急激な環境変化で体調崩したら大変だし、思いながら鼻をぶひぶひさせて外に出ようとしているウィリーを抑え込んでバスケットを閉じる。ぽかん、としていた犯人一味の一人は、な、とちょっと驚いた声を出した。

「なんだそいつぁ。豚にしちゃちっちぇが、ミニブタって奴か?」

「残念それより小さいマイクロ豚って品種よ、この子は。バスケットの中でうんちしちゃったの。窓から捨てて良い? 臭くなるわよ、これからじんわりと」

「げっ。捨てちまえさっさと! ったく、最近のガキは生意気な口の利き方しやがる。髪なんて染めやがって」

「地毛よ」

 ぱっと私は自分の帽子を取る。

 斑の無い根元からしっかり生えた金の髪。肌だって普通の人よりちょっと白めの私は、ハーフだった。

「日英ハーフ、柘榴ざくろ・ミナミ・ドースティン。呼ぶときはミナミちゃんって呼んでくれて良いわよ」

「はあ……って呼ばねーよ!」

「あら残念。列車強盗のお友達なんて珍しいと思ったのに」

「誰が小学生とお友達になるか!」

「ほんとに残念」

 と、そろそろ時間稼ぎは良いかなと、私は止まるはずの駅で並んでいた誰かに当たるように書付を投げた。ブレーキの様子もなく通り過ぎて行く列車、切符を確かめる人たち。勿論包んでいたのはうんちじゃなくて消しゴムだけど。昨日から食べる量を調整してあまりうんちが出ないようにしておいたのだ。だからおしっこもうんちも出ない予定――少なくとも、今日中は。長引かなきゃ良いんだけれど、列車と言う巨大な密室の中でどう立ち回ったらいいものかふんふんハミングを鳴らしながら考える。お嬢ちゃん。と隣に座っていたお婆さんが、青ざめた顔であたしを見下ろしていた。被り直した帽子に観察を潜めながら、私はその様子を見る。

「あんまり犯人にとって刺激になるようなことしちゃダメだよう。機関銃なんか食らったら一発だ、そんな小さい身体。お祈りしてればきっと神様が」

「神様ッて警察に通報してくれるの? 知らなかったわ」

「そ、それは、」

「お婆ちゃん、奇跡を待つのは愚者のすることだよ。私は少なくとも魔術師になりたいね」

「魔術師?」

「タロットカードだよ。知んない?」

「おいこらガキ! 勝手に喋ってんじゃねーよ!」

「断ったら良いの? お話していい?」

「ぬ、」

「あとあたしの事はミナミちゃんって呼んでったら」

「だから呼ばねーよ! 変なガキだなてめぇ」

「変態なガキよりいいんじゃない? ちなみにその目出し帽は変態的だと思うわ。ところでこの列車、なんで狙われたの? 大富豪でも乗ってる? あたし大富豪って生で見たことないから分かんないんだよね」

「んなこと人質に喋るか! お前ひょっとしてすげー頭良いか悪いかのどっちだろ!」

「あら光栄。どっちつかずのオールBよ。通信簿には『物怖じしないところが長所であり短所です』って書かれたわ」

「的確だよ教師流石担任!」

「本人にも伝えておきますね、列車強盗に褒められたって。きっと涙して喜びます、私の無事を」

「その自信はどっから来るんだ、てめぇ……」

「経験と運の良さ、かな」

 ふむ、と手を顎に当てて考え込んでみせると、度胸と怖いもの知らずだろう、と返されてしまった。ふむ。確かにあんまり怖くはない。

「だってあなた達、人を殺す人じゃないでしょう?」

「あ?」

 不可解そうな顔をされて、私はにっこり笑う。

「人殺ししてからの方が金品は奪いやすいもん。にも拘わらず私達を人質にしてるって事は、何か違う目的がある。警察相手の強請りとかね。それには子供がいた方が便利。だからあたしはまず殺されない位置にいると言って良い。人質として一番か二番の適格者だもの。まあ殴られたりしするかもしれないけど死ぬレベルじゃないと思うし、そう考えると老婆と子供の戯言なんて聞き流していいようなもんでしょ」

 図星を突かれたのか、う、という顔になる犯人。さて車両は四号車迄の田舎道だから、残りの三車両をどうするか、だよねえ。携帯端末は最初に回収されちゃったし。さっきの手紙が誰かに拾われた可能性だって高くはない。と言うことは自分で行動を起こさなきゃ、従弟のいる駅を通り過ぎてしまう。まだ一時間ぐらいあるから、ゆっくり考えよう。もしかしたらどこかで止めてそこから皆殺しの金品強奪の可能性もないではない。仲間と合流してとかね。そう考えると時間はあんまりないな。犠牲者が出てない段階でこの凶行を終わらせなくちゃ。ふむふむ私は材料を集める。最初に列車に乗った時、こんな目立つ目出し帽の連中はいなかった。多分トイレかどこかで着替えたのだろう。と言うことは素顔を知るものは少ない。変装を解かれる前に捕まえなくちゃいけない。さてどうしよう。あたしにあるのは紙とペンとウィリーだけだ。ペンは剣より強しって言うけど、銃の前には無力だろうしなあ。剣だったら剣道習ってるからまだ勝ち目があったのに。おおお、と泣いているお婆さんの背中をポンポン叩いて慰める。人並みの情ぐらいあるのだ、このミナミちゃんにだって。名前は柘榴だけど人の味がするって言うんで嫌いなんだよね。両親には悪いけど。

 さあ考えよう、考えよう。まずはこっちの車両にいる一人をどう片付けた物か。三両目、殆ど真ん中。だけど守りは薄い。トンプソン型サブマシンガン。古い。多分中古で買ったんだろう。観賞用とかなんかと言って。となると弾が本物かが問題だな。ジャムる可能性だってあるけど、そんな不安定な確率に頼ってはいけない。一発でも発射されれば前後の車両から仲間がやって来る。それはいけない。見たことない者同士の乗客を結束させる方法も必要だ。筋肉もりもりの人もいない。みんな中肉中背の普通の人たちだ。普通の人はパニックに巻き込まれると怖いんだぞー。あたしとか。冷静になるんだから、逆に。


 とりあえず即興漫才で場を和ませたことに意味はあったらしい、近くのおじさんたちがネクタイの首元を緩めている。今ならちょっとは無理も効くか? あたしはメモ帳を取り出してペンを走らせる。それからウィリーを籠から出して、それを首輪に挟ませた。あちこち歩きまわってる見張りはこっちを見ていない。その内にウィリーのお尻を軽く叩いて、後ろの席まで行かせた。ちなみにあたしが座ってるのは列車の中腹辺りだ。ごほん、と咳払いがして、そしてあくびをする音も聞こえた。よし。

「ウィリー、ゴー!」

「いでっいででででで! 何しやがんだいきなりこのブタ公は!」

 突然現れた脚を齧るウィリーにマシンガンを向ける隙に、後ろに座ってたおじさんがそれを取り上げる。そうしてしまえば武装のないただの人間だ。もう一人のお兄さんが男に体当たりをして、そのまま椅子にベルトで縛りつける。そう、あたしの書いたシナリオ――文字通りだわね――はこれ。

 『隙を作るからその間にマシンガンを取り上げて、それから捕縛できる人募集。無理そうなら後ろに回して。出来そうならあくびと咳払いで合図して』。

「いや、これでも昔は警察で指導を行っていましてな。柔道は得意なんですわ」

 マシンガンを奪ってくれたおじさんが言う。だったらもっと早く行動起こしてほしかった。十一歳の子供よ、こちとら。危険度の認知なんて知ったこっちゃないわ。

「僕はキックボクサーの見習いで……思わぬところで本番の機会に遭って驚きました」

 お兄さんの方は座席にベルトで男を縛り付けながら、冷や汗を拭った。まあ、いきなりやれって言われてできるもんじゃないだろうしなあ。ここはひとつ感謝しておこう。とりあえずこの車両の危機は去った、と言って良いだろう。後ろと前とどっちに行こうか、挟み撃ちにされたら敵わないから、後ろからやっつけるとしようか。

 よいしょっとマシンガンを持つと、ちょっと、とキックボクサーのお兄さんに止められる。

「何してるんだい、女の子がそんな危ないもの持っちゃダメだよ」

「男女差別はこの際要らないのです。ウィリー、籠に戻って」

 賢い子ブタはバスケットに戻る。そしてあたしはそれを腕に引っ掛けて、結構重いマシンガンを構えた。武装・あたし、ここに見参。うん、両腕重い。マイクロ豚でも五キロぐらいあるかんね。ざわざわ騒ぎ出す観客に、あたしは宣言する。

「これより後部車両の奪還に行ってきます。一緒に行きたい人はどうぞ。マシンガン結構重いから希望の人はお気を付けて。ちなみにノープランです。ほぼ」

 ざわめきが大きくなって、いっそあたしを非難するような眼差しが向けられる。でもなー、あたしってば自分の無事だけ確保して落ち着いた気分になってる大人じゃないからなー。

「お、おやめよお嬢ちゃん。こっちは安全なんだ、それで良いだろう?」

 隣に座っていたおばあちゃんがおろおろした声でそう告げる。五人のうち一人をやっつけた所で情勢は好転していない。せめて三人。となると、前後車両の奪還がまず良策だろう。中でも挟み撃ちにされない後部車両の方が音も届きにくいしやりやすい。と、柔道のおじさんがあたしの持っていたマシンガンを取った。

「トンプソン式か。お嬢ちゃんこんなのの使い方知ってるのかい?」

「『月刊・世界の重火器』で読んだ範囲なら」

「反動はどうする?」

「まあ私の身体に吹っ飛んでもらうと言うことで」

「本当に呆れたお嬢ちゃんだな。おじさんが手を貸してあげよう。無策と言っても『ほぼ』なんだろう? それを教えてくれないかい?」

「んーとねー」


 ゆっくりと後部車両のドアを開けると、案の定見張りがうろうろしていた。警察にはまだ通報されていないのか、単に列車の速度に追い付けないのか、それは分からない。分からないけど自分でどうにかした方が早そうなことは解って、私はおじさんに目配せした。こくんと頷かれて、ゆるゆるとドアを滑らせていく。防音効果が無くなったのか犯人はさっきの奴と同じ目出し帽姿でこっちを向いた。瞬間あたしは勢い良くドアを全開にする。風がびょおおっと入って行くのに乗客たちも呆気に取られる。

「全員足を上げろ!」

 怒鳴ると反射的に座っていた乗客は足を上げた。座っていなかった強盗の一人だけが、呆気に取られたままさっきと同じトンプソン式サブマシンガンを構えていた。ただそれも照準は合ってない、ただぶら下げているだけだ。これならいけると、あたしは伏せてマシンガンを構えていたおじさんに目で合図する。

 おじさんは犯人の脚を狙って打ち抜いていた。

「いてえっいてえよ、何なんだいてえッいてえからやめろ!」

 叫ぶ男がマシンガンを構えようとする前に、あたしはバスケットを男に向かって投げ付ける。顔面の高さに来たところで、叫んだ。

「ウィリー、ゴー!」

 果たして飛び出したウィリーはそのプリティなおケツを犯人の顔面に直撃させ、飼い主のあたしでさえ結構臭いと思うおならをさせた。数瞬前からトリガーを引くのをやめていたおじさんが、ひゅぅっと口唇を鳴らす。

「鮮やかなもんだね、その筋のプロかい? お嬢ちゃん」

「ミナミちゃんって呼んでください」

 言いながらあたしはマシンガンを急いで回収する。これで二丁目、みんな同じ銃なら良いんだけど、突然シグ・ザウエルとか出されても反応に困るよなあ、とあたしは額の汗をぬぐう。撃たれた脚を抱えながらもんどりうってる男からベルトを抜き、その両脚をくくった。たしか傷口に対して心臓が下だと失血死はしにくいと聞いたから、上の荷物置き場から吊り下げることにする。いてえ、いてえよ、と泣きじゃくる犯人に、特に同情は沸かなかった。痛いのが嫌ならこんなことしなきゃ良かったんだ。そしたらあたしだってこんな悪の頭脳に支配されずに済んだのに。

「なっ何だ、何の音だ!?」

 前方車両にはさすがに聞こえてしまったのか。ドアが開く。だけどもう乗客全員に『足を上げろ』した後だったので、同じようにおじさんに足を撃ってもらうと、あっと言う間に車両三両奪還だ。逆さづりが増え、武器が増え、敵は少なくなる。少なくともあと二人。前車両をこっそり覗き見ると、やっぱり見張りは一人。乗客も少なめ。さてここからが問題だな、とあたしはウィリーをバスケットに入れる。マシンガンの一丁はおじさんに引き続き任せた。もう一丁はキックボクサーのお兄さんに、更にもう一丁はあたしに。三人でひそひそ会議してると、乗客が最初こそ助けが来たと思っていたのに段々それが険しくなっていく。やっぱり人間は臆病なものだ。自分の無事さえ確保されていればそれで良い。他の二つの車両もそうだったから、ここもそうなのは当然だろう。とりあえず全員の仮面は剥がして所詮自分たちと同じ人間のすることだと知らしめては来たけれど、怖いものはまあ怖い。その辺に居そうなおじさんお兄さんだったりするんだから。人間が信じて良いのは豚ぐらいの知能だよ、ねー、とウィリーの鼻と鼻をくっつける。おじさん達には先の駅で一応警察への連絡を頼んだことを知らせたけれど、今のところ反応がないからスルーされてるのかもしれない、と言うことで話はしておいた。抜け目ないねえ、と言われていやあと頭を掻いて見せる。褒めてないよ、と言われてなーんだとまたウィリーと鼻を合わせる。

「その豚をおとりに一気に突破、って言うのは?」

「ウィリーを使い捨てにしないで。十分働いたわよ、この子。一両目と操縦車両はとくに気を付けた方が良いと思う。ガタイも一番良いし。多分回収したスマホとかもあの男が管理してるんだと思う。しかしどーしたもんかなあ……」

「スマホなら一台持ってる」

「へ?」

 キックボクサーなお兄さんに言われてあたしはきょとんと眼を丸める。

「二台持ちなんだ、仕事用と普段用と。差し出したのは普段使い用だから、仕事用で警察に連絡は出来ると思う」

「じゃ、そっちお願いね。こっちは奪還用の策を練るか……」

「嬢ちゃん。ミナミちゃん、なんだってそんなに急いでるんだい?」

「敵が待ち合わせをしている可能性を考慮して」

「待ち合わせ?」

「待ち伏せって言っても良いかな。どこかで止まって乗客は皆殺し、金品なんて高く売れるのはスマホぐらいだから最初っからそれ狙い。そう言う可能性もあるって感じ」

「小学生とは思えない推理力だね……」

「ホームズは好きよ。あと二時間サスペンスドラマ。あとは現実かな」

「どんな現実を歩んできたんだい」

「綱渡りに綱渡りを重ねて」

「通報出来ました。もう向かってる最中だそうです。ミナミちゃんの手紙、ちゃんと届いてたみたいで」

「そりゃよかった。んじゃどーするか、今度は三人で考えよう。この際人死にも考えて」

「それは駄目だよ! 豚が駄目で人間が良いなんてことはない!」

「大丈夫、一番死ぬ可能性高いのあたしだから」

「どういう意味?」

「つまりー」

「おいちゃんと見張ってんのか? 空いてる椅子で寝てんじゃ」

「こういう事」

 ガラッと開いたドア、背を預けていたあたし。こてんっと背中から男の脚の間に転んだあたしはマシンガンの口を男の尻の穴に軽く突っ込んだ。ジーンズなんかの固い生地じゃなかったそこに銃口を入れられておふぅっと男は呻く。拍子にシグ・ザウエルが落ちた。やっぱり一番大事な所には新しいもの導入するよね、とあたしは一人頷く。

「なっ……何だお前、子供? 外人の?」

「良いからこっちの言うこと聞いて。でないと打つよ。床があるから吹っ飛ばないし、あたしの身体。おにーさん、ベルトでこの人縛り上げて」

「なっ……おいガキ、まさか残りの三両もてめえらが、」

「まああたし達だね。はい縛られたら開いてる椅子に座る。寝てても良いよ?」

「眠れるか! くっそ、何でこんなことに……化け物かてめぇ!」

「褒め言葉として受け止めておくわ。オールBのあたしとしては。大体本当に化け物だったら撃ってるよ。その方が後腐れないもん。さて、残りは運転してる車両か……」

 トンプソンとシグ・ザウエルの二刀流はちょっときついので、シグ・ザウエルはおじさんに使ってもらうことにした。あたしのもう片手にはウィリーの入ったバスケットだ。こんな可愛い女の子を化け物扱いするなんてひどいなー、普段は従弟と遊んであげる良いお姉さんなのに、あたし。自分で言うけど親戚中の子供押し付けられてもさばき切れるわよ。そんな母性豊かなあたしにケツ取られただけで化け物なんて。悲しいわー切ないわー。

「運転席にいるのは何人?」

「一人だ……」

「ほんとに?」

「本当だ! 獲物は俺と同じシグ・ザウエル、運転士は二人! 踏み込んだところで片方人質に取られて死ぬだけだぜ、てめーら」

「あら、そーとは限らないわよ。なんてったってあたしがいるんだから」

「どういう自信だ……」

「そのうち分かるって」

 にっこり笑うとおぞましいものを見る目で見られた。失礼しちゃうな、本当。


「なんか騒がしいな……」

 運転士を見張っていた男が訝るように首を傾げる。彼も目出し帽に黒い装束を着ていた。誰が首謀だか分からせないための手段だが、今となっては犯人一味であるという決定的な証拠になっている。制服姿の運転士には被せても無駄だし、かえって自分の顔が目立つだけだった。それだけは逃亡するにしても避けたい状況である。もっともあと十五分ほどで仲間と合流する地点だから、そう緊張もしていないが。最速で走らせている列車は、それでもあまり早いとは言えない。元々が各駅停車でそれほどスピードを出す区間がない所為もあるだろう。運転士たちも経験したことのない速度だったが、今は一刻を争っていた。先頭車両に乗ってる大富豪――百合籠グループの会長と、携帯電話やスマホ類をかっぱらって、それからは警察と交渉だ。

 と思っていると白と黒でお馴染みの警察車両が並走しているのが分かる。どこから情報が洩れて、さあっと青ざめると同時に警察車両から声がした。今すぐ列車を止めろ。残っているのはお前だけだ。どういう意味だ? 仲間たちはどうした? そもそもどこでばれた? 頭の中がグルグルしているところで、ドアが開いた。一号車と繋がるドアだ。てっきり番をしている仲間かと思ったが、そこに居たのは銃を構えて目出し帽をかぶった三人の――ガタイのいい男、細身だが体幹の良い男。そして子供だった。子供? 訳が分からない。

「今すぐ車両を止めなさい。でないと撃つわよ」

 子供が偉そうに命令してくる。そこが彼の癇に障った。

「撃ってみろ。運転士たちも巻き添えだぜ」

 男が出したのは手榴弾だった。

「ま、」

 予想通りかな。とあたしは手に持っていたトンプソンを下した。

 そしてそのまま。

 犯人の脚を、打ち抜いた。

 それほど反動はなかったけれど、お腹にずどど、と言う振動が走って、ちょっとそれはしんどかった。人を傷つけるってこういう事なんだよなあ。自分も痛い、割と。ぎゃああと言う叫びと同時にあたしはブレーキと叫ぶ。驚いていた運転士さん達は慌ててブレーキを掛けた。警察が入ってくる前にあたしは元の席に退散だ。目出し帽のせいでぐちゃぐちゃになった三つ編みを編みなおしていると、ウィリーが膝の上のバスケットでぶひ、と鳴いた。いーのいーの。難しいことは大人に任せて、あたしは十分で着くだろう従弟の家の最寄り駅を待つ。

 どのぐらい背が伸びてるかな。まだあたしより小さいと良いんだけれど、ユーヤってば。



「ミナミちゃん!」

「あらま、ユーヤ」

 自転車で迎えに来ていた僕はぱたぱたと駆けて行く。にひっと彼女は笑い、ほっぺたをうりうり挟んできた。はふーっと笑いながらうにゃうにゃ言ってる僕を解放する。

「Hello、ユーヤ。ご機嫌如何?」

「ミナミちゃんが来てくれたからすっごくいいです!」

「あら嬉しいこと言ってくれちゃって。さ、おうち行こうっか。籠にウィリー乗せたげて」

「わあ、本物のウィリーだ! 動画とかでは見てたけど、結構小さいんだね?」

「マイクロ豚だからね。十キロにもなれば万々歳よ。今は五キロ」

「おい、君!」

「げっ」

 見ると警察の人がミナミちゃんを呼んでいるようだった。何かやらかしたのか。ミナミちゃんは僕から自転車を奪いびゅーんと走って行ってしまう。良い匂いのする初夏の木立の中を。ってぇ、

「僕までおいて行かないでよー!」

 声は空しく響くだけだった。

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