第43話 あんな、親父死んでせいせいするぜ

「あんな、親父死んでせいせいするぜ。あいつのせいでおふくろも心労で早死にしたんだ」

「お前、死んだ人間にそんなこと……」

「あんただって、せいせいしてるんだろう。俺みたいなさえないカスと家族にならなくて済んだって」

「そんなことは言ってない。少なくとも、お母さんや私の前じゃいい人だった」

「どうせ、俺が一人、いじけてるんだよ」

 いじける気持ちはすぐわかる。だてにいじめられっ子だったわけじゃない。親にさえ邪険にされたんだ。自分を否定してしまう気持ちは人一倍よくわかる。まあ、エリートぞろいの一条のおぼちゃま、お嬢さんじゃ一生分からないだろうけど……。

 上面な演技じゃない。心底から湧き上がる感情に、俺の振る舞いは真に迫っていく。

 そんな俺にほだされたのか? 堀川さんが俺の腕を強くつかんで振り回す。

「そんな顔したらダメ。私が居るから。昔から天野君の隣には私が居るから、これからもいるから」

 うん、堀川さん。自分の演技に酔ってしまったみたいだ。どこからが演技でどこから真実か曖昧になっているんだ。

 こうなると、堀川さんの演技に引きずられるのは、プロのプライドを持った烏丸さんにとっては仕方がない。

「素直になりなさいよ。あなた一人でどうやって生きていくっていうのよ。私だって弟ができるって、ちょっとは楽しみだったんだから……」


烏丸さんが俺の頭を胸に抱え込んだ。まあ、びっくりした。スーパーアイドルが俺を抱きしめたんだから。顔をやわらかいもので包まれ、いい匂いが俺の鼻の奥をくすぐったのだ。

 完全に演技から覚めた。いや、烏丸さんの色香に完全に落ちた。その気配はすぐに烏丸さんに伝わり、素に戻ったみたいで、そそくさと俺から離れる烏丸さん。

 そこで、攻勢にでた堀川さんだ。

 もう、即興劇は終わったぞ。ここで俺も脱落だ。でも、堀川さんは俺の腕をはなさない。それどころか、ズルズルと膝を折り曲げ祈るように、座り込んでしまった。


「つらい思いをしてきたんですよね。もう大丈夫。私が寄り添ってあげるから」

 そうつらそうに堀川さんは俺に向かって言ったのだ。堀川さんは俺の過去のトラウマを自分の心に刻み込んでしまった。

 堀川さんは、究極の「深層演技」相手の心に寄り添い「こうあるべきという模範的な感情」を練り上げたんだ。演劇の世界から、現実に戻ってこれなくなったみたいだ。

「百合は真面目すぎるのよ。大丈夫、ザギリの幼馴染はあなただけじゃない」

 ミキが後ろから堀川さんに近づき、そっと肩に手を置いた。振り返って、うつろな瞳でミキを見上げる堀川さん。

 すごい!! ミキ。演技の没入する堀川さんを、迫真の演技で現実の世界に引き戻そうとして、堀川さんを振り向させた。

 しかし、そんな堀川を怒りの目で見ていたものがいた。


 *******斑視点********


 全くこの学園は、かったるい行事が多い。今更、どの部活に入るかとかどうでもいいだろ。内部進学組はそれまでやってた部活に入るに決まっているし、編入組は、推薦内容でほぼ決まるだろ。どうせ、生徒の活躍は学園の宣伝を兼ねているんだから。

 それにしても、わざわざ大学の施設にまで足を運ぶとは……。

 そんな風に思っていたが、始まったオープニングを見て考えが変わった。

 目が離せないほど魅惑的はダンス。50人を超える女たちの統率された動きは、相当訓練を積んでいるのが見て取れる。そんな中でも自然に堀川の姿を見つけ、目で追いかけてしまうのだ。

 そのことに自己嫌悪に落ち込む俺。あんな小物を意識している自分が嫌になる。

 あいつを尾行して分かったはずだ。奴は神の力なんて持っていない。だったら、いずれ、俺に取り込まれる矮小な存在だと、何度も自分に言い聞かせたはずだ。

 そして、ダンスが終わり、舞台に生徒会長、それに一条家の跡取りの双子が舞台の中央で何かしゃべっている。そして、しばらくすると、男が五人舞台に上がってきた。

 そして、派手な女と堀川が再び舞台に上がってきたと思ったら、なんか劇をやりだした。

 男の方は見るに耐えんが、派手な女と堀川はうまかった。感情表現がうまいので、思わずこちらも感情移入してしまう。

 何食わぬ態度で男を翻弄し突き放す。それが痛快で、見入ってしまったが、例の双子とつるんでいる天野ってやつが出てくると、派手な女と堀川の態度が変わっていった。

 派手な女が天野を責めるのに、天野の奴にはダメージが通らない。天野の奴、心臓に毛が生えているのか? あんな美人を相手に反発してやがる。そのため、堀川のお節介が頭をもたげる。

 そこに念押しのように、天野のこれまでの境遇を想像させるような態度が堀川の琴線に触れる。

 自分が同じような境遇だったからよくわかる。あれは演技じゃない。そうなると堀川は何とかしようと天野に寄り添ってしまう。堀川の心(核)に存在するのは俺だけだ。そうじゃなきゃおかしいだろう。俺だけがすべてを支配出来るんだ!!!!

 これが世間でいう嫉妬という感情というのは後で知ったことだ。俺と堀川の間に人格の境界があることが吹っ飛んだ瞬間だ。そう、これが混沌の感情だ!!

 感情が頂点に達すると、感情が支配欲に切り替わる。世の中のすべてが俺の思い通りに……。いや、すべてを飲み込んで無に帰す。

俺の中の混沌が膨れ上がる。肉体を構成していた細胞が混じり合い統合されていく。

左手のエンブレムが怪しげな光を放ち、力を解放しろと暴れ回る。もはや、押さえつけることなど不可能。瞳にかざすように手を挙げる。

瞳は爬虫類のように縦に虹彩が割れ、灰色に染まる。

「波紋領域 展開!!!! 六合終焉(ビッククランチ)!!!!」

 俺は両手で柏手(かしわで)を打つ。さすがに世界でも有数の音響設備だ。素晴らしい反響とともに神の領域が広がっていく。

 神の領域が、俺の体の内側から膨れ上がり、人としての型を失いながら周囲とドロドロに溶け合い、侵食していく。俺の周りは座席もそこに座っていた生徒も俺に取り込まれている。

 これが俺の力?!! 周囲の空間が、歪めながら俺を中心に収縮していくのだ。

 この文化ホールの中は俺の領域で満たされていた。だからこそ、通常の時間の流れのように感じるが、ホールの外は、神羅万象、天上天下、神界、現界、冥界が大地震を受けた砂漠の城のように崩れ去り、加速された時間の渦に飲み込まれ、俺という特異点に向かって砂時計のように落ちていく。

 これが混沌の目的、にっくき神に切り刻まれ、この世界の糧にされた混沌の真の姿を福弁すること……。まさに、この宇宙の始まり(ビックバン)の反対、宇宙の終焉(ビッククランチ)を引き起こすことだったとは……。

 俺の欲が、堀川との境と距離を無くしたいという願望が、混沌の真の力を蘇らせた。

 嬉しい!嬉しい!!嬉しい!!!! 

 あの双子を引き込むまでもなく、俺だけの力で新たな世界を作り出す。


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