第36話 なるほどね。波紋領域展開で限界を超えてしまって

「なるほどね。波紋領域展開で限界を超えてしまって、あそこで気を失ったんだね」

「そうなんだ? あたしはてっきり斑に尾行を気付かれて、殴られて気絶したのかと・・・・・」

「それより、二人はなんで俺があそこに倒れていたことを知ってるんだ? まさか、発信器が……」

 プライベートもくそも無い、それは鬼畜の所業だぞ! 俺は体のあちこちを触って不審なものがないか調べた。

「ふふーん。それはね。あの辺りで恐ろしい空間ができた、絶対に超えることが出来ない不可侵の空間だって悪霊と善霊が騒いでいたのよ。直ぐにザギリが波紋領域を展開したんだと分かったの」

「で、眷属たちに様子を報告させたら、なんと、人型の境界が一点にとどまって動かないって言うじゃない。それで様子を窺わせていたら、6時間もぶっ通しで波紋領域を展開した挙句、気絶したことがわかってさ」

「後は運転手の佐藤に頼んで、ザギリを回収してもらったの。ここまで運んだのも佐藤です」

「そうなんだ……。それなら佐藤さんにお礼を言わないと……」

「それは良いわよ。私がお願いしたことだし。それより、六時間ぐらい波紋展開をして、斑は倒れることも無く帰って行ったということは、私たちより神の力を使いこなしているってことよね?」

「ああっ、弱点どころか、益々厄介になってきたな」

 二人は腕組みをして考えているようだけど、ゆっくりしている時間はないんじゃないかな? 今、時計に気が付いたけど、時計の針は7時半を差している。


「それより、学校に行かないと……。顔を洗ってくるよ」

 そう言って、俺は洗面台に向かおうとした。

「ほんとだ。私たち先に行くわね。口に合うか分からないけど、テーブルの上にトーストとハムエッグを作ってあるから」

「ミキが用意してくれたのか? ありがと」


「私だけじゃないから……、ヤミもよ」

 ミキがほほを高揚させて、ヤミの方を申し訳なさそうに見たんで、俺はヤミの方にもお礼を言った。

「ヤミもありがと。昨日もまともな夕食を食べてないから、嬉しいよ」

「――うるさい! 作ってあげたんだから少しは良い働きをしろよ。働かざる者食うべからずなんだから!」

 そっぽを向いて言われても……。確かに斑の住んでいる所さえ突きとめられなかったわけだから……。

「ごめん。斑の弱点は必ず見つけるから……」


「そんな……」

 俺の言葉を受けたヤミが何か言おうとして言葉を詰まらせた。そのタイミングでミキが言葉をかぶせてきた。

「ザギリさんだけが危ないことをする必要はないですから。そうそう、堀川百合さんには私たちが張り付きましょう」

「堀川さんにも?」

「だって、斑がかなり気にしているようだから、その理由が知りたいでしょ。女の子同士の方がいいでしょ」

「そうだな……。十分気を付けて」

 確かに、堀川さんも斑にとって何か因縁があるようだし、女の子同士の方が、一緒に居られるのは間違いない。そう考えてミキの意見を肯定したんだ。

 そんな俺の言葉にヤミが言った辛辣な一言。

「ザギリ、あんた、弱いんだから無理するなよ」

「……」

 そら、俺は弱いよ。この年までいじめっ子に立ち向かったことはない。コンプレックスの塊で、どうしょうもなく卑屈だし……。

 でも、ミキとヤミのおかげで、俺だって何か役割をもって生まれて来たんだと思えたんだ。

 それなのに、ヤミは役立たずと暗に……。

 俺ってなにも変わってないんだ。

 俺は無言で両手を握りしめた。


「もう、こんな時間ですね。私たち先に行きます」

 そう、声を掛けて部屋から出て行こうとしたミキは、俺に近づきざま、耳元で

「ヤミは半覚醒のあなたを心配してるんです。真の力に目覚めるのを待ち望んでいるんですよ。それに私も……」

 早口でそう云うと、玄関から出て行った。

「ミキ、待てよ。じやあ、ザギリ、遅刻するなよ!」

 ミキを追っかけてヤミも出て行ってしまった。


 ――、早く天界に居た時の記憶を思い出したい。少しはミキやヤミの力になれるかも知れない。

 そんなことを考えながら洗面台の前に立てば、自分の貧相さがよくわかる。右目のアースアイに比べ、左目は典型的な日本人の一重まぶたに黒目。

なぜ、この目は神の力を発揮できない? なんでこんなことになっているのか? 天界での記憶をとりもどせば、左目もアースアイになって、俺も斑やミキ、ヤミのように十全に力が発揮できるのか? 

そんな考えが浮かぶが、自分の姿のだらしなさに頭を振って考えを打ち消した。

制服のまま寝たから、ワイシャツとズボンがシワシワだ。ワイシャツは替えがあるけど、ズボンはなあ~。顔と洗ってリビングに戻ると、壁に上着が掛けてあった。上着だけは脱がせてくれたんだ~。

俺は下着とワイシャツに着替えて、上着を羽織る。

そして、テーブルの上のトーストとハムエッグを牛乳と一緒に流し込むと、すぐに部屋を飛び出したのだ。


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