第29話 天野君。随分時間が掛かりましたね

「天野君。随分時間が掛かりましたね。下痢ですか?」

 こっそり入ったはずなのに、東大路先生に見つかった。しかも、先生が吐いたセリフ。俺の中のトラウマが呼んだとばかりにひょっこり顔を出す。

「――いえ……」

 見てみぬ振りしてくれよな。その先生の無自覚な一言で、小学校のあだ名は「一つ目ビチ小僧」だったんだぞ。一つ目小僧だけでも言われたくないのに、ビチ小僧だぞ。あの時は確かに腹を壊してビチビチだったけど……。


 両サイドのミキもヤミも笑いをこらえて肩が震えているじゃないか。

 そもそも、お前らが斑の後を追えって指示するから。

 クソがー!! 斑のせいだ。あいつが授業を抜け出すから……、しかも保健室にはいなかったのに、教室にも帰ってねぇ……。

 無実の罪を着せられ、封印していたトラウマを思い出さされた以上、この恨みはらさずにおくべきかって、誰に?

 復讐のオーラが立ち上がっていたに違いない。そういうのに敏感なヤミとミキからメモが回って来た。サードアイが開いたのかもしれない。

 ヤミ「落ち着け、便所籠り虫(笑)」

 すでに新しいあだ名が出来ていたーーーー!! 小学生なら間違いなく替え歌レベルだな。

 ミキ「弱点は見つかったの? シット ボーイ」

 クソガキとはダイレクトですね。さすが英語を使うとは優等生のミキらしいって、出て行った理由を知っている二人から下痢認定って……。俺の今までの努力って……。絶対に斑の弱点を見つけ、斑にリベンジしてやる。

 俺の決意を知ってか知らずか、斑が教室に帰って来たのは一時限が終わった後だった。


 という訳で、俺は斑の観察を続けた。

 

 斑は教科書は出さない。先生の話を聞いていない。先生にあてられても返事もしなければ、黒板の方も見ない。

 観察するまでもない。こいつの弱点は勉強だ。しかし、それがどうした?ってレベルだ。勉強ができないのは俺も一緒だし……。常識がある分だけ俺の方がダメージがありそうだ。


 午前中、斑は席について、ボーっとしているだけだ。

 観察にもすぐに飽きてしまった。斑に動きもないし……。そんな斑に色々と世話を焼く隣の席の堀川って女の方に目が行く。

 

 斑の机の上に何も出てないのを見ると、自分の机を斑の机に引っ付けて、教科書を見せてあげる。斑が当てられれば、教科書を鉛筆で差してどこを聞かれているか教えてあげる。

 ああっ、ああいうタイプ居たな……。

 自分がどういうふうに見られているか自覚していて、周りの期待を裏切らないように行動してしまう。自分を殺しているように見えて、ちゃんと打算が働いている。

 

 優等生タイプだな~。


 あの迷惑そうにしていた斑が徐々にではあるが、堀川のペースにはまっている。

 4時限目なんか、先生に対して「解りません」と答えていた。隣で堀川さんが一所懸命答えを教えていたみたいだけど、敢えて教えられた答えは答えないといったところか……。


 それでも、堀川さんに対してリアクションを返しているし……。これは不良少年が自分を肯定してくれる美少女優等生に心を開いていくパターンか?

 いや、これは斑の駆け引きだな。

 自尊心が強そうな斑に自己肯定は意味がないだろうし、思い込みが激しい自己中だから、言葉が素直(すなお)に通じるとは思えない。

 勝手に相手の言葉を自分の都合のいいように変換して、向けられた好意を疑うあまり、駆け引きになっているんだ。


 この駆け引きが上手くいって、堀川さんに心を開いてくれたら……。堀川さんが斑の弱点になる可能性だってある……。

 ――! いやいや、堀川さんを人質にとる訳にはいかないだろう。いくら弱点を突くといっても、そこはビジネスマンどころか人間として終わっている。

 そんな不埒なことを考えていたら昼休みになっていた。

 弁当を持って来ていない俺は、学食か購買に行くしかないのだけれど……。

 斑の動く気配がない。ミキとヤミは早々に生徒会室に行ってしまったし……。堀川さんもクラスの女の子のグループでご飯を食べている。

 斑はそんな堀川さんに鋭い目線を送っているのだ。

 それこそが俺が動けない理由だ。もし斑が堀川さんやその周りの女子に危害を加えそうになったら……。俺は右目の眼帯に左手を掛けながら緊張していた。活神眼、波紋領域の展開で神域に斑を引きずりこもうと考えていた。


 そんな時、堀川さんたちの食事のグループに女の子がパンを抱えて戻って来たのだ。

 そして、購入してきたパンを二つ、堀川さんに渡したのだ。

 堀川さんってスタイルが良いのに、意外に大食い? 

 でも、それは大きな勘違いで……、堀川さんはそのパンを持って、斑に近づいていったのだ。

「斑君、お昼まだなんでしょ。よろしかったらこれ、食べてもらえる? パンを買いすぎちゃって、私ひとりじゃ食べきれないから……」

「……」

 斑が無言で首を振る。そりゃそうだ。斑も俺と同様に堀川さんを見ていたんだ。自分の弁当を持ってきたのをみていたんだ。

 わざわざ、斑にあげるために友達に頼んで買ってきてもらったのは直ぐ分かる。斑のプライドから言って、そんなものを貰えるわけがない。

「あっ、気を使わせたかな? 大丈夫。これは私のためなの。だって昼からの授業中にあなたのおなかがグーグーなったら勉強に集中出来ないんです」

「今、腹減ってない。それに腹なんて鳴らない」

「うん、分かっている。でも、万一ってことがあるかもだし……。捨てるのはもったいないから、助けると思って、お願い!」

 そう言って、パンを斑の机の上に置いて、友達の方にいってしまった。


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