第27話 すみません。昨日色々あって

「すみません。昨日色々あって、今は窓際の席に……」

 ミキが立ち上がり、完璧な淑女の礼で言い訳を始めた。その立ち居振る舞いが完璧で叱っている相手に威圧を与え、罪悪感を煽る。

 本当の意味で美しいことは罪だと思う。

「あっ、そうでした。生徒会から報告を受けていたのに私としたら……。一条さん、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。あなたたちも被害者なんだから……。

 それにしても、私のクジって騒動を巻き起こすのよね~。以前勤めていた某キリスト系大学では皇家の娘さんがーー」

 東大路先生がニヒヒと笑って自慢話を始めたが、あんたのクジのおかげでその国の国民が大迷惑を被りそうな話を自慢げにするってどうなの? この学校でもすでに斎藤がクジの犠牲になっていると云えるんだけど……。


 そんな会話がされている中、斑は熟睡中? そんな大物に隣の席の女の子が声を掛けている。

「斑君、先生が呼んでるよ。斑君って」

 散々無視されたからか、ついに肩を掴んで揺すぶりだしたぞ。いや、この女の子、いい根性してるよ。そこでやっと斑が起きた

「誰だ? いいとこだったのに……」

 周りを見渡すその目は血走っている。いやあれは寝過ぎて目を腫らしているだけか。

 周りはその目を見て凍り付いていた。ただ、俺と同じように血走った眼の本当の意味を看過した奴がいた。

 なんのことはない、斑を起こそうとしていた彼女だ。確か名前は堀川百合。

 しっかり手入れされた肩までのストレートの黒髪。大人しそうな雰囲気なのに意思の付陽そうな大きな瞳、その強さを和らげ真面目さを強調するアンダーリムのメガネ。俺の第一印象はラノベでよくある面倒見の良い美人学級委員長タイプだ。

 どうやらその印象は間違っていなかった。

 斑相手に甲斐甲斐しく世話を焼いているのだ。

「先生、すみません。斑君、体調が悪いみたいです。保健室に連れて行きます」

 そう言って、面倒臭そうにしている斑の腕をとり、引きずって行くのだった。

 あの傍若無人の斑が堀川さんの弟に見える?!


 二人が出て行った後、東大路先生が呟いた。

「うーん、この出会い。世話好きの堀川さんにとっては、ダメンズを見ていられないぐらいのお節介なんでしょうけど……」

 だけど、この呟きは誰の耳にも届いてはいなかった。

 


 一方、斑にとっては戸惑うことばかりだ。

 自分の思うことを後先考えすにやる。その根底に在るのは、自分が一番大切で優れていると感じるナルシスト。その価値が周りには分からないことによる苛立ちとコンプレックス。

 自分の中に神の存在を知った時から、斑を悩ませる二つの相反する感情。

 そんな斑を畏れることもなく、まるで子ども扱いするこの女。


「いい加減にしろ!!」

 斑は声を荒げて、腕を振り払う。

「目が覚めた? だったら、ここからは斑君一人で保健室にいってね。そうだ、さっき、先生が呼んでるのに無視するのはいけないと思う」

 そう云うと、女は踵を返して教室の方に歩いていった。

 その後ろ姿を見送る斑にとって、堀川は得体の知れない女だった。


 ところで保健室はどこなんだ? まあ、考え事ができたんで昼寝でもしながら考えるか?

 斑は階段を上がり、屋上に上がって行った。

 屋上に在ったベンチに腕枕をして寝転んだ

 

「なんなんだ? あの女は! こっちはすぐにでも世界チャンピオンになれる斑様なんだぞ。その俺の睡眠の邪魔をするなんて……。この俺が怖くないのか? 

 そんなはずないだろ……。周りだって、俺にビビってたんだ。あの女だってビビッてたはずなんだ。ああっそうか? 女だと殴られないとでも思っているんだ。

 バカじゃないのか。俺の最終目的は一条のあの双子をねじ伏せ、俺の前にひれ伏させること……。女だって殴ることに躊躇することはない。俺に常識は通じないんだ。

 そう、思い通りにならないことなんてない、俺は特別な存在なんだぞ!」


 斑の考えは堂々巡りを繰り返す。

 当たり前だ。斑は自分中心でしか物事が考えられない自己中だ。ルールを守らせようとする行動の尊さなんて思いつかない。他人の忠告や説教は雑音にしか聞こえない。

 結局、考え付いた先は、あの女も俺や一条の双子みたいな存在なのだという勘違いだ。

「あの女の本質が何の属性か分からないうちは手を出さないのが無難だ。まず、敵か味方かがわからん。もし、あの双子との決戦で敵に回って参戦されたら……。何が起こるか分からない。

 あいつの属性を何としても暴かなければ……。

 そうか! あの女を観察していれば分かるはずだ!」


 微睡(まどろ)みの中で、一時限の終わりのチャイムが遠くで聞こえた。そんなノンレム睡眠の最中に思い付いた考えは神の啓示のように斑の心を捉えてしまったのだ。


「そうとなれば、教室に帰るか」

 斑はベンチから身を起こすとフラフラと教室に向かうのだった。


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