第10話 ふーっ、俺はドアを背に

 ふーっ、俺はドアを背にズルズルとその場に座り込んでいた。

 お隣さんは散々だったけど、向こう隣りはいい人みたいだ。それに明日から通う一条学園の先生とは……。

 そこまで考えて、ぼやけた視界で部屋の時計を確認する。

チッと、思わず俺は舌打ちをする。

「午後十時?」

 俺がコンビニに買い物に出たのは7時前だから……廊下で2時間は伸びていたわけか?

 それにしても、さっきの教師……。まだ、学校も始まってないのに大変なことだな。


 起こしてくれた教師の重労働に同情して、俺は疲れ切った体に鞭打って、ベッドの所まで四つん這いで這っていく。

 もう、何も考えられない。ベッドの大の字になった所までは覚えてる。

さっきの東大路さんの顔が浮かんで、どこかで見たことがあるような……、しかし、思考もそこまでで、そこからは夢の世界だ。

 それは、光と闇しかない世界。その境に七色の虹がかかる。それはどこか高い山、雲海がかかる山々の上に朝日が昇ってくる。そして、暗い雲海の上に朝日がかかると、その境界に色彩が生まれる。

 狭霧現象?!

 俺の生まれる前、登山が趣味のおやじが、険しい山脈の頂上で暗闇の中から出た日の出を見みた荘厳な光景。これこそが俺の名前の由来だ。

 そして、これは俺が人に初めて畏れられ敬われた瞬間。太古から続く神秘現象だ。

 そして、俺は天野狭霧神と名を与えられた……。


 ◇◇◇


「起きろ(てください)!!」

 なんか、女の子の声が近くで聞こえる。意外と壁が薄いのか? この安普請が!

 俺は布団に潜り込もうとした。

 すると、いきなり布団を捲られた。

「なっ、で、出た! ポルターガイスト?!」

「失礼です!!」

「起きろよ! 遅刻するぞ!!」

 その声に、朝日が眩しくて薄目を開けた。そして、俺の目の前には、俺を除き込む紫紺の瞳と赤銀の瞳だ。


「その目で、あたしたちを見るな!!」

 バッチン!!

 怒声とともに俺のほほに痛みが走った。

 俺の脳が一気に覚醒した。

「な、なんで、ミキさんとヤミさんがここに……」

「なんでって、起こしに来てあげたんでしょ!」

「初めて、波紋領域を展開した時は次の日、起きるのもキツいんです。わたしたちもそうでしたから」

 確かに気力も体力も根こそぎ持っていかれた気がしたが……。

「入学式から遅刻するのか?! 早く出掛ける準備しろよ!」

「眼帯を忘れないようにね。その目でわたしたちを見るのは禁止です」

 うん、やっぱりこの目は気味が悪いのか? いや違うな……。そう言えば、昨日……。

 頭の中に、鮮明に二人の裸体が蘇った。

「こら! 今、よからぬことを想像したでしょ」

 二人が目に見て分かるぐらい赤くなっている。

 そういうことね。俺は右目を手で覆い起き上がる。

「早く着替えて、ください。そのテーブルの上に昨日ザギリさんが置いていった弁当を置いていますから」

「おう、あたしたちは外で待っているから」

 そう言って、ミキとヤミが部屋から出て行った。

 

 ああっ、騒がしいことで。俺は枕元の時計を見た。

「8時!!」

 俺は、ベッドから飛び起きると、掛けてある制服を速攻で着て、机の上の弁当をかっ喰らう。そういやあ、昨日の昼から何も食ってねえ。気が付いた瞬間、猛烈に腹が減り、掻っ込む速度が上がったのだ。

 後は、顔を洗い、歯を磨き、手櫛で立った髪を撫でつけ出掛けようとしたのだ。

 なんも忘れ物はないよな? 今日は入学式で持っていくもんはなんもねえ! そして、ドアノブに手を掛けたところで思い出した。眼帯と指貫グローブだ!

 バタバタしながら、準備が整いドアから飛び出した時間は8時10分。新記録達成だ。

「お待たせ」

「遅い! あと1分遅かったら先に行っているところだ!」

「まあまあ、ヤミ、今日は入学式で登校が遅いですから」

 言われて思い出した。今日は入学式で8時50分までに登校すればよかった。ここから学校まで歩いて10分ほど、やっと気持ちに余裕が出来た。

「ありがとう。起こしてくれて。あのままだったら、完全に寝坊だ」

「やっと、お礼が言えましたね」

「そうだ。礼儀を欠く人間は、人として失格だ」

「それじゃあ行きましょう」

 ミキがそう云うと、当然のように俺の右側に立ち、夜充は左側に立って歩き出す。


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