第9話 *****ヤミ視点*****

*****ヤミ視点*****


 さっき、ザギリにラリアットをぶちかました腕がズキズキと痛む。まるで火傷の後にように腕全体が赤く爛れている。

 ザギリの領域に入ったらいつもこうなのだ。手の速いあたしはいつも考えなしにやつの領域に飛び込み、闇の力を吸い取られからだをフッとばされ、やつの二つの虹色の瞳に困ったような戸惑いが浮かんでいたんだ。

 人間にあらゆる厄災の元凶と畏れられる闇の神のあたしが、やつの前ではいつも赤子同然。

 そっか、奴は今片目だったけ。

 その間抜けな風貌を思い出し、思わず肩を震わせ笑ってしまった。

「痛っ!」

 ちっ、傷を治すのを忘れていた。

「闇の神々よ! 我の供物となり、我の血肉の一部となり、我と共に永遠に生きよ!」

 あたしの号令に姿を現した闇の神々。苦悶の表情を浮かべた顔を全身に浮かべた忌み嫌われた生き物たちを模(かたど)った巨大な影であった。

 あたしが指を鳴らすと、その影はさらに濃縮され、夜充の薄くなっている右手の紋章(エンブレム)に吸い込まれる。

 そうすると紋章は濃さを増し、漆黒の闇が右手を覆う。それが10分ほど続いただろうか? 濃縮された闇は、いきなり漆黒の閃光を放った。

「うん、元通りだ」

 あたしは紋章を確認し、手のひらを握ったり開いたりしてその感触を確かめた。

 この周り半径50キロの闇を消費したか……。

 ザギリが怖がっていた怪異はこれから1か月は心配ないか。神のくせに腑抜けになったもんだ。

 でも、奴が片目だったせいで、裸を見られたのか?

 そんなことを考えた途端、思わず体を抱きしめ、ポンをいう音が出るぐらい体が赤くなったことを感じた。

「くそ、くそ、くそ 気分を変えるために風呂でも入るか?」

 思わず出た罵りで耳まで赤くしたようで。誰も聞いていないのに言い訳をしてしまった。


 疲れ切った体にお湯がしみこむようにリラックスする。

湯舟に浸かりながら、そんなことを考えていると、久しぶりに波紋領域を1日2回つかったことを思い出した。

神の記憶を思い出して、初めて波紋領域を展開した時は、その消耗に驚いた。初めて一日に2回使った時は二人で大の字に伸びて指一本動かせなかったなー。

人間の体は不便で脆弱なことを思い出し、途端にザギリのことが心配になる。

あたしの裸を見た罰だよな。一条家の至宝と言われたあたしたちの裸をみたんだから……。それに、周りに悪霊はいないんだから、風邪もひくことはないだろうし……。


 もう、風呂からあがって寝るぞ!

 寝巻に着替えて、ベッドに潜り込む。


 業とは云え、神の記憶を思い出してからは毎日、充輝と争っていた。信仰を得るためなんだと疑問も持たなかったけど……。思い出す前は充輝と仲の良い双子だったんだよな。

 ザギリはまだ神の記憶が無かったんだよな。無理に教えることなんかなったんじゃないか?

 でも、ザギリが居れば、この一か月間続いた充輝との戦いをしなくても済むんじゃないか? だって、あいつはあたしたち二人の間にいる宿命なんだ。


 ベッドにまどろんで取り留めもなく考えを巡らせるうちに、あたしはいつの間にか眠ってしまったようだ。夢を見ていたみたいだ。

小学生ぐらいのあたしとミキが、肩を寄せ合ってどっちが最後まで線香花火の芯を落とさずにいられるか競争している夢だった。


 ******************


 俺は誰かに肩をゆすられている気がして、うっすら目を開けた。

 前髪に視界を遮られながら見た顔は、全然知らない女性だった。

「もしもし、どうされたんですか? 気分でも悪いんですか?」

 聞かれたことを脳内で反芻する。誰だこの人? どうされたって……。いきなり延髄にラリアットを喰らわされて、その反動で額を強打!

 そこまでは覚えている。

「あの~、気が付かれました?」

「あっ、大丈夫です。それよりここは?」

「あの、一条ハイツの1011号室前ですよ。もしかして、頭でも打たれました?」

 1011号室? ああっ、俺の部屋の前か……。誰がここまで運んできたんだ? いや、状況から云ってミキの部屋を追い出されたのか?

 それより、心配そうに俺の額に手を伸ばしてくる女性が目に入った。

「ああっ、本当に大丈夫」

 ふらつく頭で何とかドアノブを支えに立ち上がった。幸い前髪で俺の目元は隠されている。あれ?右目が開かない。どうやら額だけじゃなく目も腫れているようだった。

 よかった。右目を見られないで‥‥‥。

 もともと、警戒しながら声を掛けているのは、その握り込んだ防犯ブザーで丸わかりだ。それに、胸元で揺れるペンダントはまるで刀の先のような形態で、かぎ爪のように使われると、怪我をしそうだ。不思議と目を引くデザインだ。そんなことよりも……。

「なんか部屋の前まで来て、転んだのかな?」

 何とか、人畜無害、危害を加える気は毛頭もございませんと理解してもらえるよう、俺は苦しい言い訳をしながら、鍵穴にカギを突っ込んだ。カギを回すとカチャというカギが開く音が廊下に響く。

「ホントにこの部屋の人なんだ? 私は1009号室に住んでいる東大路(ひがしおおじ)と云います。なんか悪霊とかに襲われたとかじゃないですよね? 誰も住んでいないのに中から物音が聞こえるし……。いつも仕事で帰宅が遅くなるから気味悪くって」


 ああっ、この部屋、出るってことで有名だからな。原因は両側に住む少女たちなんで、1009号室なら大丈夫ですよ。

「僕はここに引っ越してきた天野狭霧って言います。ホント、転んだ拍子に頭を打ったみたいで……。もう、大丈夫なんで、お気になさらず部屋にお帰りください」

「そう? なにかあったら頼ってくれていいからね。私、あの一条学園の教師だから、その前は某キリスト教の大学で准教授してました」

「そうなんですか? これからよろしくお願いします」

 心配そうに顔を覗き込んでくるのを避けるように、ドアを開けて部屋の中に入りこんだ。

 ドア越しに、足音が部屋の前から通ざかり、ドアが閉まる音がした。


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