第6話 俺がそんなことを考えていると

 俺がそんなことを考えていると白い少女が口を開いた。

「そう言えば、私たちのことは、まだ言ってませんでしたね」

 だが、聞こえて来たのは、今の緊急事態を回避する回答ではない。今一番大事なことは、1011号室の怪異をどうするかということで……。

「――いや、そんなことより、隣の事故物件をですね」

「ふふっ、何を焦っているのです。ザギリさん。そういう善霊と悪霊の争いなど指1本で蹴散らしていたのに? 知りたいでしょう。あなたの本当の力を……」

 白い少女はコーヒーを一口飲んで落ち着いた雰囲気を醸し出している。俺も落ち着くためにタバコに火を点けたいとこだけど……。いや、俺、高校生になったばかりだから。

 そんな俺の気持ちを無視するように白い少女は語り出した。

「あなたもこの国の人間なら知っているでしょ。最高神、アマテラスが天岩戸に隠れた神話を。でも残念ながら、アマテラスが天岩戸からお出になった時に三柱の神をお産みになったことは後の世には語られていません。

 その時、生まれたのは光の神、闇の神でね。人間にとって闇って云うのは恐怖の象徴みたいで、それを払うのが光っていうイメージが独り歩きした結果、光が正義で闇が悪になっちゃったようです。

 でも、二つの本質はそんな単純な物ではありません。だから人間も私たちに名を献上することが出来なかったのでしょう。私たちは名無しの神と崇められることがなかったの」

「昼と夜、生と死、勇気と恐怖、正義と悪。愛と憎悪、例えればきりがない。どちらも人間には必要なものだしな。まあ、さっき言ったような神々はあたしたちが生み出しちゃって、人間の間じゃそっちの方が有名になっちまった。まあ、単純じゃないのに対極で畏れられるようになった原因が、光と影の境界に生まれたお前のせいだぞ、アマノザギリ! しかも名持ちの神だしな」

 なんで、俺のせいになる? 黒い少女は俺になにか恨みでもあるのか? もし、前世があったとして、前世で迷惑をかけたとしても今世でそれを償わなければならないってルールはないはず!

 そんな心の訴えも気にせず、白い少女が黒い少女の話を引き継いだ。

「それで、わたしたちから生まれた光の神々と闇の神々は、創造主のわたしたちを名持ちにするため、相手を叩きのめそうとして、事あるごとに争ってきたんです。あまり騒がしくしたので、アマテラスに神界から追放されてしまって、修行と称して現世に堕天したんです。それにしても、私たちの堕天と同時に、ザギリさんも堕天とは笑えますね」

「充輝、光と影がなきゃあ、ザギリだって存在自体がかなわねえからな!」

 そう言って、豪快に俺の肩を叩く黒い少女。

 なんだ? 結局、俺がここに存在しているのは、ザマーなのか?

 

 いやいや、そんなルーツをいきなり聞かされても……。俺の関心は今夜、怪異を前に俺の精神が持つかって話で……。まさか、呪い殺されるってことはないよね。

「あの、今の話が半分事実だとして、それが1011号室の怪異とどういう関係が……」

「あれ、分からねえのか? 現世でも光と闇の争いは続いていて、あたしと充輝の間じゃ、人の言うところの善霊と悪霊がしのぎを削っているわけだ。そのシャバに他人が入りこんだら全力で叩き出すだろ、普通?」

「なるほど? (って、俺はやくざの抗争に巻き込まれた小市民なの? じゃあ、組長さん同士で三下の抗争は何とかしてくれよ!! って話なんだけど……。でも、この二人にそんなことが言えるのか? いや、言えないよな……)」

 俺は続けて出掛かった言葉を飲み込んだ。だって、二人とも自称、神だぜ。しかも名持ちになるため、争っているわけだろ? 対局にいるもん同士、メンツもあるだろし……。

 だったら、俺自身で何とかするしかないか……。そう言えば、俺も神の生まれ代わりとか言ってたよな。この二人の言葉を信じるわけじゃないけど……。でも、目の前で信じられないことが起きていたし? 今も夢を見ているわけじゃないよな。こんな美人の微笑みを身近でみることなんて今までの人生じゃなかったし、今、俺の左側に感じるぬくもりは黒い少女と接触しているからで……。

 うん、確実に今までの人生になかったことだ。夢が今までの経験の追体験ならこれは実体験にちがいない。

 なら、俺が神の生まれ代わりと云うのは真実? だとしたら、彼女たちのように神の力を振るうことが出来るはず。

 そこで彼女たちに確かめるべきことがあることに気が付いた。

「あのー、お二人は確か波紋領域っていう領域で、神の力を出せるって言ってましたけど……。それって俺にもできるんですか?」

「わたしたちのことはミキとヤミでいいです。作者も変換が大変みたいですし、わたしたちもザギリさんと呼んでいますかから。

それで波紋領域の事なんですけど、前にも言いましたけど、私たちが神の力を行使できる領域なの。神界って云うのは、現世と違って高次元のエネルギーで構成された世界なの。この現世をこの神界に近づけることで、私たち神の力を行使で来るわけです。これができるのもこの世界の物質が原子の10万分の1の微小な一次元のひもで出来ているからなんですよ」

「……?……」

「まあ、簡単に言うと、一次元のひもが振動することによって、三次元の物質になるわけや」

「ひもの振動で?」

「例えばやなー、弦が三次元に振動することで音が出るやろ。音が出るってことはエネルギーが発生しているってことや。弦を11次元以上の高次元に振動させることで、神界と同じエネルギーの世界が出来上がる。

物質じゃなくエネルギーだからどんなに破壊しても、現世には影響ないし、逆に生き物は生存活動するための細胞の振動とひもの振動が相殺されて、波紋領域には存在することが出来ない。ザギリが私たちが創った波紋領域の中に存在できたのは、肉体が神を構成するエネルギーと同じだからだ」

 いや、俺は普通に病気になったら熱が出るし、怪我をすれば血も出る。神と同じエネルギーで構成されていると言われてもピンとこない。

 しかし、それで破壊されたと思われた公園は、波紋領域が解除された後、何事もなかったように見えたし、決して夢を見ていたわけじゃなかったんだ。


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