第2話 俺、天野狭霧(あまのざぎり)は

 俺、天野狭霧(あまのざぎり)は目の前で起こっている非常事態に大いに戸惑っていた。

 いや、なんで、美少女二人がこんな人気のない夕方の公園で殴り合っているのか?


 明日から、実家から遠く離れた環境で高校生活を始められる。

 特に何も期待はしていないが、少しでもマシになることを祈った新生活のはずだった。

 そのはずなのに、引っ越したその日に目にした超常現象。

 俺は右目に眼帯を掛け、その眼帯を隠すように覆いかぶさっている前髪を引っ張りながら考えた。

 小学校、中学校と親さえ気味悪がる容姿のために、クラスの奴は誰一人寄りつくことはなかったため、ずーっとひとりで過ごしてきた。ひどい奴は一つ目〇〇……、いやそんな昔の悪口なんてもう忘れたことだ。

 誰も俺のことを知らない遠い場所で高校生活を送りたい。

 そう切り出した俺に対して、両親は厄介払いができるとばかりにとんとん拍子に話は進んで、俺はこの町で一人暮らしを始める予定だった。


 そして、やっと引っ越しを終え、近所のコンビニで夕食を買って、明日から通う一条学園まで、徒歩10分という立地のマンションなのに事故物件だということで格安で借りることができた部屋に帰るため、近道のため横切った公園で起こった出来事に、俺は金縛りになっていた。

 公園に入った瞬間、公園を土地囲んでいた木々が消えた。そして、音と色彩が失われたと思ったら、白黒(モノクロ)の世界で、白い少女と黒い少女が拳を重ね合わせていた。

 拳がぶつかり合うたびに、大地が鳴り、滑り台はねじ曲がりループコースターになり、ブランコの支柱が折れ曲がる。

 俺は飛んでくる衝撃波から顔を守るように腕を交差しながら、その成り行きを左目だけで見守っていた。


 目にも留まらぬ二人の動きが止まり、10メートルほど距離を挟んで二人は対峙した。

 睨み合っているのか? いや、あれはタメを作っているんだ。

 二人の体から、陽炎のように白と黒の闘気が沸き上がってくる。その闘気はそれぞれの右手に纏わりつくように密度を上げていく。

 それぞれの右手の甲には、俺にとって馴染みのある勾玉のような紋章が浮き上がっている。


 訳わからん? 巻きこまれないうちに、さっさと退散すべき! 

 頭の中で警鐘が鳴り響く。そこでやっと金縛りが解けた!

 俺はゆっくりと距離をとるように後ずさった。しかし、緊張のせいでその動作はぎこちなかったようで、足元の砂利に足をとられて、バランスを大きく崩し、砂利が大きく鳴った。

(なんで、公園の入り口に玉砂利が? 防犯対策?!)


 その音に二人は気が付いたようだ。同時に俺の方を見て驚きの表情に変わった。

「「なんで、ここに人が居るんだ(です)?」

「光輝(みき)! 見られた以上、殺(や)るよ!!」

「夜充(やみ)! ダメです! そんなこと!!」

「はん、これだからいい子ちゃんは!!」

 そう言い放つと、二人いた黒い方の少女が俺に向かってくる。

 それを阻止するようにもう一人の白い少女が……。

 違った?! 二人の少女は確実に俺の息を止めに来ている。その握り込んだ拳から立ち上がる闘気からも明らかだ。


 俺に前に迫る二人の少女。光輝(みき)と呼ばれた少女は、絹のような白髪をなびかせ、大きな瞳や薄い唇はやや銀色がかった朱色。白いゴスロリが乱れて覗く太ももも、眩しいくらい透き通るように真っ白だ。

 片や夜充(やみ)と呼ばれた少女は深い青を集めたような艶のある黒髪をなびかせ、白い少女とよく似た造形の瞳と唇は、青が混ざったような紫紺色。黒いゴスロリから覗く太ももの褐色の肌にはシミひとつない。

 端的に言って、二人ともアイドルが裸足で逃げ出すレベルの美少女だ。なぜこんな二人が、先を争い俺を消そうとするのか?


 そんなくだらない描写に考え巡らせること0.1秒。

 信じられない速さで、一気に距離を詰めた二人の拳が目の前に迫る。

 俺と二人の距離は10メートル以上あったはずだが……。

 身の危険を感じてとっさに出した左手は、衝撃波で指がバラバラに吹っ飛んだ気がしたが、実際に吹っ飛んだのは、指貫グローブだけだった。

 その衝撃は、不思議なことに体に感じられない。


 そして、二人の拳をそのまま受け止めようした瞬間、俺の左手と彼女たちの右こぶしとのわずかな隙間に虹色の光が走り、その波動は巨大な衝撃波を生み出した。


 衝撃波を避けるように後方に飛んで、距離を取った彼女たち。

 大きく見開いた目には、信じられないといった表情で歪んでいるが、俺を凝視するうちに何かに気が付いたようで、大きく叫んでいた。


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