夢現(ゆめうつつ

水原麻以

「悪人科学者と百合の花」


昨夜少女は、夢でも見たような話を思いだしていた。「――昨日の朝から、奇妙な夢がずっと続いていたんだっ! あの子も変な子だから、きっと何か悪い夢を見ていたんだと思うの」

そう言って、少女は夜な夜な活動していた。その活動の内容が奇妙すぎて、少女は狐人と呼ばれる人種なのだと思われていた。具体的には日付が変わった直後から存在しない人物を探し求めて墓地や古井戸を尋ねた。


それは古い時代の蔑称で狐憑きとも言われている。医学の発達が不十分で人権意識が未熟だったころは精神障害を形而上学的存在に責任転嫁していた。常軌を逸した言動をしたり奇声を発して暴れまわる者は動物霊に憑依されてるとされていた。

狐は人を騙すという迷信を拡大解釈した結果である。

それはともかく

少女は、それら出来ごと、出来事に対して、自分は一体何者なのか、どうしてこうなっているのかということ、自分はどうやって生きていたのかについて、夢と現(うつ)と、現実の三つのキーワード、その中で唯一言葉にならないものがあることを夢から見るたびに夢現(うつつ)とよぶようになっていた。

少女はその夢で、『夢現の夢』と呼ばれる。夢現は、少女の能力や能力に関する情報や人から聞いた内容を自分が思いだすことのできるものだとかつては、人々がそうとは思い込んだ通りに、何らかの理由で夢現と呼ばれるものは存在しないと、自分が望んだ場所、そして自身の身の内からは出さないという使命を背負う「人」の精神を守るための存在であるらしかった。そして、その夢の内容を全て覚えているのは自分だけだということを少女はしばしば繰り返していた。

少女は自らの中に根を下ろす「夢現」と呼ばれる精神に、悩まされていたのである。

その夢の中で少女がどんな能力、出来事を体験したのかと言うと、まず少女は夢現で体験した出来事の中で起きたこと、それらを夢は、少女の意志とは異なる、夢現によって受け入れる仕組みになっている。夢現に、その夢の内容や出来事は影響を与えることはなく、記憶されるのだ。それらの出来事を経験することによって、自分自身その体験というものを覚えておかなければ、その体験を自分の意志でも受け入れてしまっているのだということに気がついた。そのため、少女は以前からこの夢現ということが気がついていたので、その能力から逃れようとするための、自身の生きる意味を選択する必要性を理解した。

しかし、自分という存在は夢現にも、何らかの条件を果たそうとする自分を受け入れ、そしてそれを受け入れることを強いてきた。そのこと自体は、何ら不思議なことではないが、それはその時その時で、その時でなければ受け入れえることができない。

少女は立ち上がり、家に戻った。家の裏に回り、窓から外を覗いた。その景色に何か見えるはずもなく、ただただひたすらに、外を、真っ黒な庭を見つめた。

少女は、夢現の部屋にも行った。その中には、見たことのない景色が広がっていた。

そこにあったのは、人間が使う石台だった。だが、その石台の上には、白い衣を纏った人間が立っていた。その人間は、少女を見つめると、どこか嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、これは、私のお話。夢現も聞いたことがあるでしょ。私は、貴方を夢で見ているんだよ」

夢現と少女は、少しずつ、夢世界に入り込んだ。少女は夢幻(むげん)という、幻の存在を目の当たりにした。この幻は、ただ自分が見ているのだろうか?少女の心には、その不安がよぎりつつあった。少女は夢現の部屋から出ると、家の中を見渡した。自分の部屋の窓から、白い衣を包む人物が少女に気づいた。

(夢現だ。この人物は、貴方を見ている)

(夢現、ここには夢の中に入った。どうしてここにいるの?)

(貴方をここで見ている)

(そう。ここに、夢現がいる。あなたの夢は終わっている)

(夢現……どういうこと?)

(幻の中に入った夢で、私の魂は夢現の部屋に連れて行かれたの。どうしてだかは覚えていないけど、その中で私は……)

彼女ははっとし、夢現の部屋から出て、自分が倒れていることを思い出した。少女は、ふと顔を上げ、倒れている少女を見た。

(ここに……夢現がいる?)

少女はゆっくりと相手を観察した。乾きかけた水たまりに突っ伏している。紺のカーディガンと卵色のセーターから青い縁取りの丸首シャツが覗いている。制服のスカートは腰まで裏返り、紺無地ブルマの白いサイドラインが泥水に染まっていた。脇の部分に名前が刺繍されている。

化野あだしの…そうか、わたし」

彼女はようやく自分の名前を知った。

「そうよ…X中学1年C組、化野あやさん」

倒れていた子がガバっと身を起こした。そして泥だらけのスカートのまま抱き着いてきた。

「うわ。ごめんなさい。わたし、化野あやです。あなたは?」

「わたしは……」


◇ ◇ ◇ 


そうか。わたしの名前は白浜(しらはま) 明生(あき)。私は、君と夢の中に行こうとして……

少女が話を続けるのを促すように化野は目をそらした。明生は明らかな恐怖に身を震わせながら、恐る恐る話した。

「わたしは君のいる夢の中に連れて行かれたんだ。君の姿を見て、君がそこにいる理由がわかった。夢に出てきた化野さんはそれはもう綺麗な女の人で、それから…。わたしは現実に戻って、自分の夢を見た。だから君がわたしを追ってここに駆け付けたのかもしれない。わたしは君たちが戦う姿を見て、君たちの後ろにいる彼女の姿を見た。そしてわたしも彼女を追ってここに来た……もう一人きみがいたはずだけどどこに行った?」

明生は恐怖に強張ったまま顔を向けた。


「もしかして夢の中にいる化野さん2って夢現じゃないかしら」

あやは今までの奇妙な体験を語った。

「ゆめ…うつつ?」

「そうよ。夢現がまた私を探しに来たのかしら?」

「そんなことあるわけが……」

「もしかしたら彼女、あなたを追ってここまで来たのかもしれないわ」

あやは明生を睨み付けた。明生は震える声で返した。

「わたしは君を追ってここまで来たんだよ」

「でも、夢は見たんでしょう。あなたはどうして夢現を見つけたの?」

「うーん。あやがわたしの夢の中にいたから、わたしは君たちを追いかけたけど、その時には夢は終わっていた。わたしとあやは手を引っ張って進み出て、わたしの夢の中を見たけど、からっぽだった……だからこっそり自分の部屋から出て、夢を見て、その中に入り込んで、ここまで来たというわけ。わたしはその後どうしているかというと、どこかのタイミングで化野さんを見つけた。わたしが飛び込んだのは、化野さんのお屋敷だよ」

「白浜さんは、今、どこにくらしてるわけ?こんな時間だし 家に帰るわよね?」

東の空はまだ暗い。

彼女は黙って答えなかった。自分の家に帰っていても、夢現に関して私たちは何も言うことは出来ないからだ。大人は信用できない。

「そう言われると、私も君たちのことが少しだけ気掛かりだ。もし君そっくりな夢現がこのことを両親と話しているとしたら、私はどうなるんだろう。両親が私達のことを心配しているのかな」

「いや、だから、そういうこと。もうとっくにバレてると思うよ。わたしと夢現はもともと違う人間だ。そういう風にわたしはいつも考えている。そうなんだよ。白浜さんも、わたしも、二人は別人だよ」

それだけ言うと、あやは立ち上がって、テーブルに歩み寄って、なにかを手にした。

手の平の上には、なにかの錠剤が乗っていた。口に含めば美味そうな匂いがしてくる匂いだ。彼女はそれを口の中に放り込んだ。明生は肝をつぶされてしまった。

「それは何?」

「ヒニョラモヨモヨだよ。炭素十個、水素15個、窒素が1つくっついたってお父さんが言ってた。飲むと気分がすっとして目が良く見えるようになるんだって」

明生は腰を抜かしたままバタ足で後ずさる。スカートが盛大にずれてライムグリーンの生地が丸見えになっている。市立第二中学の体操服だ。

あやは書斎に備え付けの水差しを注いだ。入ってはいけないと普段から厳重注意されているが夢現は壁に波紋のような穴をあけていた。

「ヒニョラモヨモヨ、飲んだら夢現なんか消えちゃうから」

「これ、本当に飲まなきゃならないの?」

「うん。わたしは、わたしの家の人に内緒で、この錠剤を服用して夢現を探しに出て戻るんだ。そして気づいたら、お家のお父さんやお母さんが、わたしのことを見ていて……お母さんはひどい人だけど、わたしはいつもお父さんのことを心配していた。だから、わたしのお母さんはそのこと、ずっと心配していたんだ」

「お母さんが、心配していた?」

少女は頷いた。少女が私を見る。

「そうか」

「お父さんの家で何かしらやってる。この町で起きている事件は、そのお父さんがいつもわたしの家に来ていたからで、この町に来ないからだと思う」

「ふうむ」

「だから、ときどき、わたし、お父さんの家でお留守番をすることにしてるんだ」

あやの説明はよくわからない。ただお父さんが尋常ならざる人で変な薬を常用してることだけはわかった。それに娘の常用を放任している。やめさせないといけない。

ヒニョラモヨモヨがどんな薬であれ、怖い気持ちを抑えるなんて不自然だ。

すくなくともこれは健康な人には無縁であるべきものだ。

「なんだか、博士のひみつ研究所みたい」

明生はガラス棚を見やった。何かのホルマリン漬けや小動物らしき骨格標本が飾ってある。

「あら失敬ね。秘密だなんて、何だかお父さんが悪い人みたいじゃない」

あやは憤慨した。

「ごめんなさい。そういう意味じゃなくて、私達、夢現を研究する科学者みたいね」

「そうかなあ…」

明生は咄嗟に錠剤を窓から捨てた。

「あっ、ヒニョラモヨモヨ」

「化野さん。こんなものはもう飲んじゃだめよ。というか、大人になっても絶対にダメ。身体に毒だわ」

「ずいぶんなことをいうわね。それにあなたこそ、ひみつ博士みたい」

すると明生は「じゃあ、二人だけのひみつね」と言ってあやの額にキスをした。

「えっ?!」

少女は耳の先まで紅潮する。「ちょっと…あなた…」

明生は間髪を入れずもう一度頬にキスをする。

「ちょっと、やめてよ。わたしは女よ」

嫌がるあやに向き合った。そしてドンと壁に手を突く。

「女どうしだから結婚は認められないわ。でも、あやはわたしのお嫁さんだから…」

「えっ、ちょっと、どういう?」

戸惑うあやの泥だらけなカーディガンやスカートを脱がしにかかる。

「いやっ、ちょっと、エッチ」

抵抗するがあっというまに半そでブルマ姿にされる。

「エッチというのは男の人とするものだわ。タライとお風呂かりるわね」

そういうとおもむろに自分も同じ服装になった。

「ちょっと、あなた!」

あやは明生を洗面所まで追いかけた。

そこではもう一人のあやと明生が汚れた服をもみ洗いしていた。

「ちょっと、あなたたち! あっ…」

明生の背後にもう一人、二人、三人と隠れている。

あやが絶句していると、後ろからもう一人のあやが歩み出た。

「白浜さん、いや、もう夫婦だから下の名前で呼ぶわね。明生!」

すると洗い物していた手が止まった。

「何よ。いそがしい主婦の邪魔をしないでちょうだい」

じっと見つめあう。

「大事な事だから! あのね…」

あやはドキドキしながら言った。

「このことは内緒よ。『ふうふのひみつ』だから!」




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夢現(ゆめうつつ 水原麻以 @maimizuhara

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