第10話 郷黨第十

一 師匠は、地元では従順で、まるでものを言えんもんみたいやったけど、職場や公の場ではエラい弁が立った。せやけど行動は慎重にしてはった。


二 師匠は職場で、課長や係長クラスの人と話しはるときは和やかやった。部長クラスの役員とは慎み深くお話ししはった。社長が出てきはったら、恭しくされたけど、それでも結構リラックスしてはった。


三 師匠は社長から接待を命じられた時は、顔色は緊張され、足取りはソロ~リ、ソロ~リとされた。一緒に接待してる同僚に会釈する時は、毎回手を左右に組み替えはったから、着物の裾が優雅に揺れ動いた。小走りになる時も堂々としてはった。お客さんが帰らはったら、必ず「お客さんは満足して、一度も振り向かずに帰らはりました。」て報告しはった。


四 師匠は御門をくぐる時は、畏れ多い様子で、まるで体がつかえてる様にしはった。憚って門の真ん中には立たず、通る時に敷居は踏まはれへんかった。例えおられへん時でも、主君の御座の側を通る時は、顔つきを整え、足取りはソロ~リ、ソロ~リとされた。そこでものを言う時はチョットアホの振りをしはった。裾を絡げてお堂に上がる時は、畏れ慎んだ様子で息さえ潜めはった。退出して階段を一段降りたら、顔色もリラックスしはって、降り切ったら小走りになっても堂々としてて、自分の席に戻らはったら恭しくしてはった。


五 君主の使いで他国の君主に拝謁した時、天子から賜った宝玉の圭を捧げる時には、畏れ多く、まるで手で持っていられないかの様にされた。上げる時は深々と会釈し、下げる時はこれを授けるかの様にし、緊張し恐れ戦かんばかり。足取りはしずしずとして規則正しくされた。さて、贈り物をする享の儀式に移ると顔色は和やかになり、主君の使者としての務めを果たし、私的な拝謁になると楽し気にお話された。



七 潔斎の期間中には、必ず湯浴みの後に着る麻布の浴衣を備え、必ず普段とは違う食事を取り、住まいも必ず普段とは場所を変えはった。


八 飯はいくら白くとも宜しく、なますはいくら細くとも宜しい。味が落ちた飯と、腐った魚肉は食べへん。色や臭いが悪いものは食べへん。上手いこと炊けてないものは食べへん。時季外れのものは食べへん。食材の切り方が悪いものは食べへん。エエ調味料が無ければ食べへん。肉がぎょうさん有っても、ご飯よりぎょうさん食べへん。酒は何升、何合ゆう量は決まってへんけど、酒の上の乱れはせえへん。売り物の酒は飲まず、売り物の干し肉は食べへん。はじかみは捨てはせんけど全部は食べへん。主君のお祀りで頂いたお肉は宵越しをさせず。自宅のお祀りのお肉は三日で食べるようにして、過ぎたらもう食べへん。食事の時には口を利かず、睡眠中も寝言を言わず、粗末な飯や具が野菜だけの汁や瓜の様なもんでも、初取りのお祀りに臨んでは必ず敬虔や。


九 師匠は真っ当な席にしか座らはれへんかった。


十 師匠は村人との酒盛りでは、杖を突いた年長者が席を立ってから帰らはった。村の鬼やらいでは正装して東側の階段に立たはった。


十一 師匠は他国の人に使いを遣る時は、使いの者に会釈して、相手に見えへん所でも礼を尽くさはった。


十二 季康子が何か健康にエエゆう薬を送って来た。師匠は一応礼を言うて受け取らはったけど「ワシは薬のことは良う分かりまへん。良う分からんもんは飲めまへんな。」て結構ドギツイこと言わはった。


 十三 厩が火事で焼けてしもた。師匠は仕事から帰って来て「誰か怪我や火傷せなんだか?」て尋ねはったけど、とうとう馬については尋ねはれへんかった。


十四 師匠は君主から食べ物を頂いた時は、必ず正座して先ず少し食べはった。生ものを頂くと、上手いこと炊いてお供えもんにした。家畜を頂くとようさん餌をやって大切に育てた。


十五 師匠は君主とお祀りの食事をご一緒する時は、必ず毒見の意味で先に箸を付けはった。


十六 師匠は病に臥せってはる時でも、君主がお見舞いに来られると、東枕にして、朝廷の装束を掛け、広帯を広げてお迎えしはった。

十七 師匠は君主のお呼び出しが掛かると、馬車の用意をする間ももどかしく、すぐに走り出してしまわはった。


十八 師匠は、大廟で仕事する時にはどんな些細なことでも、礼に反してないか逐一確認しはった。(是れ礼也)


十九 師匠の友達が死んで引き取り手がおらなんだ。師匠は言わはった「ワシの所に安置したれ。」そんな師匠でも友人の贈り物は、例え馬車の様な立派なもんでも、お祀りに供える貴重な肉でない限り、お礼は言わはれへんかった。


二十 師匠は、寝る時にも死体みたいに無様にならんかったし、立ち居振る舞いもエエ恰好しやはらへんかった。


二十一 師匠は喪服の人に会うと、例え親しい間柄でも必ず居住いを正された。冕の冠を付けた人や目の見えない人に会われると、例え仲のエエ人でも必ず態度を改められた。喪服の人や戸籍簿を持った役人に対しては車内にいても敬意を表し、ご馳走にお呼ばれすると、顔つきを改めて立ってお礼を述べられ、雷や暴風が激しい時は家から一歩も出はれへんかった。


二十二 師匠は馬車に乗らはる時は、必ず真っすぐに立ってつり革を握らはった。車の中では、振り返らず、余計なおしゃべりはせず、何かを指差さはることは無かった。

二十三 師匠は、何かに驚いて一斉に飛び立ち、一息飛び回って、また何事も無かった様に枝に戻るキジたちを見て「山の木々の枝に宿るキジたちでさえ、時節に叶うてるなぁ。」言わはった。子路は(旬で美味そうや言うてはると)早とちりして、キジを料理してお出しした。師匠は臭いを嗅いだだけで席を立たはった。

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