第16話 嗚呼憐愍

2.7182818月1/√5[{1+√5)/2}^n-{(1-√5)/2}^n]日、今日は金曜日だ。

これは複素数空間で暮らすごく普通の高校生の話。


「悠然君~」


黄緑と黒を基調とした幾何学文様の施された定量空間に、いかにも眠たげなJKが召喚された。


視線の先には、空間の丁度原点にある唯一つの机。

どこが空間の原点(真中)か等は空間を外部から観測でも出来ない限りは分からない物であるが、その机は直感的にそこが空間の原点だと否応なく認識させた。


そしてその机に碇ゲンドウ座りをかましている男こそこの物語の主人公たる上悠然であった。

悠然は現れたJK、森に目をやると、口を開いた。


「何故お前がこの空間に入ってこれるんだ。」



「いや~、寝てたら何か迷い込んじゃったみたいで~

っていうか悠然君こそ何やってたの~?この約半年間(ふわぁ~あ)...悠然君がこっちの世界に出てきてくれないとさ、私達の日常は平々凡々過ぎて物語にならないのよね~。」



「...俺が好き勝手出来る世界なら良かったんだがな、少なくとも今の世の中はそうじゃない。楽しそうな世界だと今一度思えるまで座して待つ。」



「う~ん、悠然君がそうしている限り私達は所詮実体を持たない仮想の存在のままだよ。まあ今の世代の人はもうすぐ全滅しそうだし、そうなれば私は新しいお猿さん達と仲良くしようかな~。

あ、そうだ、一個だけ聞いてみたかったことがあるんだ。」



「何だ。」


悠然の元に空間から抽出された数式が光となって集約されていく。

悠然は森の質問に対し、これまでになく真摯な態度をとるつもりらしい。



「結局さ~、悠然君って何者なの?」



空間がぐらついた。

周りの黄緑の曲線群がまるで人の眼球のような文様を織り成し、一斉に森を見つめた。



「俺は...独創の成れの果てだ。」



「マンネリを忌避し、己の芸術を独創と信じて疑わぬ者達の夢だ。」



「シュメールの叙事詩から凡そ始まる人類史五千余年、出尽くした物語の形態の中でこの独創を追求し続けた者達によって生み出された怪物だ。」



「ほっといてくれ。」



森はその言葉を最後に夢から目覚めた。

まだ休み時間は半分も残っているらしく教室は賑やかだ。


はっとして横の席にいる悠然に目をやった。

悠然は────







──────人間の解剖図を片手に、熱心にシコっていた。


森愛実は放っておくことにした。

そして再び目を閉じた。

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糞みたいな話 ウジャトの目 @uncomman

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