最終節

 ガブリエルは――もういない。


 致命的な過ちを犯した父のように。


 楽観的すぎた兄のように。

 

 こうなることは分かっていた。無限の力を持つのは神だけだ。その奴ですら失敗した。


 『神はサイコロを振らない』――そんな馬鹿な。神はサイコロを振り続けた。


 不確定性原理に束縛され、位置と速度を知ることができず、波動関数しかわからずに――絶望的な超低々々々々々々確率のロールを繰り返し、サイコロを振る力さえ失い、消えてなくなってしまうまで。


 それでも「当たり」の目は出なかった。


 絶対者の失敗に対する一人の天使の回答が、このプログラムだ。


 Lex Aeterna――永久法――そう名付けられた、あるいは後世そう名付けられるそれは、まだ完璧とは言えない。

 地獄の悪魔達を総動員して、漁師の網からあらゆる「ほころび」を洗い出し、天国の天使達と(おそらくは難航必至の)交渉を続けながら、永い永い時間をかけて修正していくことになるだろう。


 それは――私にしかできないことだ。そう、神にすら。見届けよう、私が。


 ――ガブリエルと抱き合うことはできなかったな。


 私はそれを残念に思った。

 ガブリエルはやり遂げた。彼女は賞賛と尊敬に値する天使だ。誰かが彼女を抱きしめてやるべきなのだ。

 ガブリエルが天使の輪の代わりに花の冠を戴いて、屈託の無い笑みを浮かべている……この世のどんな悲しみも知らないかのように。そんなビジョンが浮かぶ。


 だが、もし、この長い長い、途方もなく長いプロジェクトが完遂されたなら。

 我々が致命的なバグを出すことなく、時間軸の果ての特異点までたどり着いたなら。

 そうしたら、彼女が戻ってくることも、あるいは可能かもしれない――。


 コンパイラとリンカが各々の仕事をし終えていくのを確認しながら、私は彼女の遺したソース・コードを丹念に追っていた。ところどころに、コメント文が書き込まれている。


 それは日々の何気ない気付きであったり、私への些細な不満であったり、弱気の虫が囁いた(そして私に知られることを彼女のプライドが良しとしなかった)心配事であったり、蒼い星の美しさを語ろうとする稚拙な、そして熱情に満ちた詩文であったりもした。


 彼女の存在を証明する唯一のよりどころだ。

 私はそれらをバックアップすることなく、ゆっくりと時間をかけて、心に刻みつけていった。

 それが、彼女と、彼女の為した仕事への礼儀だと信じるからだった。


/*


 Gabriel vocor.

 Defunctos ploro, vivos voco, fulmina frango.


 我が名はガブリエル

 我は死者を悼み、生者を呼び集め、雷を打ち砕く


*/


 最後のコメント文を読み終えて、私は静かに、ごく静かに、エンターキーを叩いた。

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Lex Aeterna 八ッ夜草平 @payopayo84

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