第25話 ちっちゃな雪だるま

『いい女の秘訣

 あなたはまず外見を変えようとしていませんか? だとしたらそれは大きな間違いです。それではただ外見がいい女になっただけで、あなたの思う本当のいい女にはなれていません。

 いい女とは、愛され、信頼されることを言います。あなたの周りにもそんな女性が一人はいるんじゃないでしょうか。

 安心してください。今日からあなたもその一人。まずはいい女と呼ばれる人の共通点を徹底解剖していきましょう。


・媚びない

 こう聞くとツンとお高く止まっているタイプを想像してしまうかもしれませんが、そうではありません。

 媚びるとは下心のもとに友好的に振る舞うことをいいます。

 対していい女は、そんな下心微塵もありません。一緒にいて楽しいと思う人、心当たりはありませんか? その人は決してあなたをどうこうしようとは考えていません。ただ楽しいから、嬉しいから、会話が弾むのです。

 下心のない人なんて、そうそういません。だからこそ、その唯一無二の振舞いに惹かれるのです。


 ・笑顔

 いい女になるためには、笑顔を絶やさないようにしましょう。

 ・・・・・・なんて浅い考えをしたあなた、それは大きな間違いです。

 日常生活において、あなたは誰にでも笑いかけているでしょうか。意中の相手には笑顔で話しかけていたとしても、たとえば親は? 学校の先生は? 友達や、店員さんなどと接しているときはどうですか?

 もしかしたら、冷たい態度で接しているときがあるんじゃないでしょうか。

 そんなあなたをたまたま目にしてしまったら、きっといい印象は抱かないですよね。

 笑顔というのは向けられたときではなく、誰かに向けているのを見たときが最も魅了的に映るのです。


 ・自尊心を持っている。

 自分をしっかり持つ。

 芯の強い女性は話していて気持ちいいですよね。周りに合わせる柔軟さと、決して揺らぐことのない強い信念は――』


「燈代ちゃん、なに読んでるの?」

「みゃー!」


 バン! と本が飛んで頭の上に乗る。影ができた視界で先輩がカバンを持って立っていた。


「あ、せ、先輩」

「いきなり声かけちゃってごめん、びっくりさせちゃったね」

「い、いえ・・・・・・」

「みゃーって」


 口元に手を当てて笑う先輩に合わせて、カバンのキーホルダーが揺れる。ホームルームが終わってから20分ほどが経っていた。すでに教室にはわたしと先輩しかおらず、廊下を走る野球部の声が校舎に響いていた。


 ということは、わたしの声も充分に響いたということだった。いまさら気付いて、顔が熱くなる。


「それ図書室の本じゃないね。自分で買ったの?」

「は、はい。昨日、コンビニで見つけて」

「そうなんだ。コンビニって不思議とタイムリーな本が売ってたりしててつい買っちゃうよね」


 先輩の視線は本には向かずわたしに向いていた。わたしはこくこく頷くながら本をこっそりカバンにしまう。


 わたしが本を見られるのが恥ずかしいと思ってることも先輩は知っていて、だからこそ本を見ないようにしてくれたんだろうな。


 いい女の秘訣。本を見るよりも確かな情報が目の前にあった。


「いきなりきちゃったけど、用事とかあったりした?」

「今日はもう帰るだけです」

「じゃあ、帰ろっか」


 椅子から発射されたように立ち上がる。並ぶにはまだ足りない高さで、先輩の隣を歩く。


「あれ、燈代ちゃんもしかしてタイツ替えた?」

「はい。前のやつ断線しちゃったので新しいの買ってもらいました」

「そうだよね。燈代ちゃんたしか厚手の使ってた気がしたけどなーって思って」

「よ、よく見てますね」

「うん。見ちゃってた」


 先輩の視線を感じて隣を見上げる。先輩の水面のような瞳にわたしの姿が映る。 


 わたしはスカートの裾を握りながら歩幅を狭くした。


「けどそのちょっと薄いのも似合ってるよ。足が細く見えるってよくいうよね、寒くはない?」

「そこまで変わりはないですね。穿き心地もいいので、今度は大事に使おうと思います」


 玄関で別れて、下駄箱で靴を履く。膝を曲げた際、自分の足が目に映る。 


 平凡な細さ、平凡な長さ。そんなわたしの足を、先輩はよく見ていたと言ってくれた。なんだかくすぐったくって、いそいそと玄関を出る。


 白銀の絨毯が敷かれた外の景色に、マフラーを巻き直した。


 そしてすぐ先輩が来て、校門を抜ける。


 先輩の素足に目を配らせながら、さらさらの雪をつま先に乗せた。


「先輩は寒くないですか?」

「昔から寒さには強いんだ。というか、この寒い感じがちょっと好きだったりするの。なんだかこう、うぅ~って引き締まる感じ? 燈代ちゃんは完全防具だね。耳当てかわいい」  


 黒いもこもこに、先輩が触れる。感触はないけれど、頭に加わる小さな力に温かさを感じる。


「先輩って足長いですよね」

「そうかな。自分じゃよくわからないや」

「なんだかモデルさんみたいです」

「それは言いすぎだよ」 


 恥ずかしそうに謙遜する先輩だったけど、お世辞のつもりなんて微塵もなかった。先輩の足はスラっとしていてそれでいて細すぎない。引き締まった曲線に程よくついた丸み。スカートから伸びた長い足は、リズムよく地面に足跡をつけていく。


「体型維持のためにしてることとかってありますか?」

「うーん、お風呂はちゃんと湯船に浸かるようにしてるかな。あとは下半身だけだけど負荷トレーニングとか、ストレッチとか。リンパマッサージもお風呂に入りながらやったりするよ。食事も前は気を付けてたんだけど、夜にお菓子を食べてからやめちゃった」

「そ、そんなにしてるんですね・・・・・・!」


 やっぱりキレイな人はきちんと努力をしてるんだな・・・・・・。


 それに比べてわたしなんて、お母さんが飲んでる青汁をちょっと分けてもらってるくらいでたいしたことをしていない。しかもその青汁も毎日じゃないし。


 手袋越しに、自分の胸を触る。さっぱり返ってくるものがない。


 お腹を触る。凹凸はあるけど、ただ痩せているだけでくびれなのかどうかは分からない。 


 お尻は、ぷにぷにとしていて張りというものがまったくなかった。 


「燈代ちゃんはダイエットしなくてもいいと思うけど」

「あ、いえ、そういうんじゃなくて」


 あんまり体をペタペタ触っていたからか、先輩に気遣われてしまう。  


「ただ、もうちょっと、でこぼこさせたいなって」


 ぴたん。干したシーツのようにぺらぺらなわたしの体。厚着をするとただの雪だるまになってしまう。


「私はかわいいと思うよ」

「え」

「ぎゅってするとき、すっぽり入っちゃうところとか、すごくかわいい」


 たしかに、いっつもわたしは先輩の腕のなかにハマってしまってただ抱きしめられるだけになる。背中に手を回しても服を掴むだけで、それ以外のものに触れることができない。およそ熱情的なものとはいえないものだった。


 それでも先輩がかわいいと言ってくれるのなら、まぁいっかって思った。ここからわたしのスタイルがにょきにょきよくなっていっても、下が見えずに転んでしまうだけだ。


「燈代ちゃんは首筋がキレイだよね」

「首筋、ですか」

「うん。あと耳の形がかわいい。目もぱっちりしてて、マフラーでもこってなってるその髪も好きだよ」


 体のいろいろな箇所を褒められるとドキドキしてしまう。なんでだろう。 


 嬉しいとか、そういう胸の高鳴りじゃない。 


 手のひらで弄ばれるような、自分を全部知られているような、気恥ずかしさがある。


「い、いい女でしょうか」

「え?」

「え!?」


 先輩が驚いたような顔でわたしを見る。写し鏡のように、わたしもきっと同じ顔をしていた。


「わ、忘れてくださいっ、間違えました・・・・・・!」


 慌てて誤魔化すも、先輩は肩を揺らしながら言う。


「魅力的な女の子だと思うよ」

「ひ」 


 真正面からそう言われて、頭がくらっとする。


「ありのままで接してくれるところとか」


 信号が赤になり、横断歩道の前で二人で並ぶ。


「笑ってくれるところとか」


 笑っているのは、先輩のほうだった。わたしは恥ずかしくて、俯いたままつま先に乗った雪を見る。まっさらで、凹凸のない。どこかの誰かみたいな雪だった。


「ね、明日休みじゃない? 燈代ちゃん予定はある?」

「明日は、えーっと、なんにもないです」

「じゃあさ、今日私の家でお泊りしない? お母さんもお父さんも仕事でいないから、ちょっとだけはしゃいじゃっても大丈夫だから、どうかな」

「お、お泊り・・・・・・!」


 雪がじゅわっと溶けていく。


 信号が、青に変わる。


 それって、なんの合図なんだろう。

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