第四章
第23話 あんなことや、こんなこと
「
教室のストーブに腰かけた
「ヘンって、あのパイセンが? それに比べたらぴよのほうが百倍ヘンでしょ」
「ひ、ひどいよ彩葉ちゃん!」
ぐわははと笑う彩葉ちゃんの髪色は、まだ赤みが残ってるけど徐々に黒に近づいているようだった。
「まあまあそれはさておき、パイセンがヘンっていうのはどういうことなん? まさか朝からノロケ話じゃないよね」
「なんかね、すっごく触ってくれるようになったんだ」
「はい解散」
「あれ?」
ぴょんとストーブから降りて手をひらひらさせる彩葉ちゃんの背中を引っ掴む。ええ、といまいち乗り気じゃない顔がわたしを見る。
「こんなの相談できるの彩葉ちゃんしかいないんだもん」
言うと、彩葉ちゃんはため息をついて再び腰かけた。
「応援するっていったのはうちだしなー、しょうがないか」
で? と彩葉ちゃんが耳を傾けてくれる。胸を撫でおろしながら、わたしは事の顛末を説明した。
「去年のクリスマスにね、カップルシートでイルミネーションを見たんだけど。そのときもずっとわたしの手を握ってくれてて、それは今までもあったから気にしてなかったんだけど。それから少し経ったら肩とか、髪とか、いろんなところを触ってくれるようになったの。先輩に触ってもらえるのは嬉しいんだけど・・・・・・ってあれ、彩葉ちゃん?」
「なに?」
「なんだかほっぺがぴくぴくしてる」
「気にしないで、続きをどうぞ」
うーん? よくわからないけど、わたしはそのまま彩葉ちゃんに続きを話す。
「今年の年始に先輩の家に遊びにいくことが何回かあったんけど、そのときもお洋服の雑誌を読んでたら先輩がわたしの指を握ってきて——」
彩葉ちゃんは目をパチクリとさせてわたしの話を聞いていた。
「もちろんそれもすっごく嬉しいんだよ? そうされるのがわたしも好きだし。でも前とちょっと、なんとなくだけど触り方? みたいなのが変わった気がして。なにか見落としてるのかなって思ったんだ。わたしそういうのよく気付かないままなことが多いから・・・・・・彩葉ちゃんはどう思う?」
だんだんと教室には人が多くなって、始業式から間もないやや浮ついた空気があたりをただよう。
彩葉ちゃんは小首を傾げながら、難しい顔をした。
「そんなん、あれじゃね?」
あれ? と今度はわたしが首を傾げる。
「しよ、っていう合図でしょ」
「しよ?」
しよって、なんだろう。
わたしに妹か姉がいたら、そんな名前かもしれないけど。まったくさっぱり、連想できるものがない。
もしかして塩?
わたしがしょっぱい顔をしていると、彩葉ちゃんが納得したように頷く。
「そりゃ恋人なんだからするでしょ。けど意外だなー、パイセンのほうからアピールしてくるんだ」
「え、なになに? どういうこと?」
わたしだけ微妙に付いて行けていない気がして、身を乗り出す。
「それ言わせる? ここで」
「聞きたい」
ここまで来たらわたしも引き下がれない。先輩が何か合図をわたしに送っているなら、それに気付いてあげたい。
彩葉ちゃんは周りをキョロキョロと見渡して、小さく耳打ちした。
「だから、パイセンはぴよとそういうことしたいって思ってるんでしょ」
「そういうこと? ん? ん?」
クエスチョンッマークが無限に浮かぶ。
「キスの先ってこと」
「キスの先? 結婚!」
「はい解散」
「あれ?」
ストーブから剥がれようとする彩葉ちゃんを引っ掴む。ぎぎぎと互いの唸り声が共鳴した。
「こっちは真剣に相談にのってやってんのに。そっちがふざけるからでしょ!」
「ふ、ふざけてないよっ、ほんとにわかんないんだもん」
「はあ? わかんないって、ぴよ。そういうの、知らないの?」
頷く。
そういうのああいうのこういうの。彩葉ちゃんにしては要領を得ない言い方だった。
何かを濁しているのは明確で、だからこそ気になる。
「一人で、したりするでしょ?」
「え、ほんとにわかんない。どうしよう彩葉ちゃん。わたしって変かな」
「ヘンっていうか・・・・・・ええ? マジで言ってる? うちなんか中一の時には知ってたけど。友達とかに教えてもらわなかった?」
「中学校のときは友達いなかった」
「あ、ごめん」
謝られてしまった。
「いいんだけど、それは友達がいないとわからないことなの?」
「悲しいことを言うな。でも、うーん・・・・・・そっかぁ、あーマジかぁ・・・・・・」
彩葉ちゃんはついに頭を抱えてしまう始末であった。わたしはその染まりかけのプリンみたいな頭のてっぺんを見ることしかできない。
「よくよく考えたらぴよってそういうやつだもんなー。うわあいるんだなぁ、こんな天然記念物」
「そ、そんな珍しい? わたし」
うん、と力強く頷かれてしまった。
先輩がわたしとしたいことってなんだろう。
ゲーム? スポーツ? 旅行? 言い辛いってことは、うーん? あ、お化け屋敷とか、わたしに気を遣ってるのかな。
でも、先輩はわたしに隠し事をしたりしない。言いたいことがあったら言う。伝えたいことは全部伝える。わたしと先輩の間での決まり事だった。
だからきっと、無言で伝えることに意味があるんだと思う。
手を握っていいのか分からないときに手の甲をぶつけると、先輩と目が合う。恥ずかしくてすぐに俯くと、手を握ってくれる。そういう思いの伝え合いに趣や幸せの断片が存在するのは知っているので、不思議には思わなかった。
「教えて彩葉ちゃん! その、そういうことっていうの!」
「はぁ・・・・・・これも友達の役目か。いい? 一回しか言わないから、よく聞きなよ?」
「うん!」
カジキの一本釣りでも一人でパラグライダーでも、なんでもこい!
先輩のためならなんだってやるんだから、と心の中でわたしが過去最高の昂ぶりを見せる。
彩葉ちゃんがわたしの耳の横で息を吸う。
うんうん、とわたしは期待に胸を膨らませがら頷いた。
「ここを・・・・・・――すると、気持ちいいから——を、指で・・・・・・——合うの」
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
?
「?」
――!?
・・・・・・・・・・・・ッ!?
「声になってないじゃん。おーい、大丈夫かー? ぴよー」
・・・・・・・・・・・・!
ッ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!
「——ねゃ!」
教室に一匹、猫が紛れ込んでいた。
「ねゃ、ねゃにを言ってるの彩葉ちゃん!?」
「痛い、痛い! 叩くなって!」
のぼせたように頭が熱い。彩葉ちゃんのせいだ。
彩葉ちゃんが、お、お、お、お、なんて言うから!
だってだってそれはそれは。
「責任とらなきゃねぇ? ぴよがパイセンのことをそういう気分にさせてんだから」
・・・・・・そういうことに、なっちゃうんだ。
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