第3話 コンクールの結果は・・・・・・

 コンクール会場に向かうバスの中、わたしは先輩の隣に座っていた。左を見れば先輩の横顔があって、右を向けば窓に反射した先輩がいる。先輩に挟まれて、しあわせ。じゃなくて。


「あ、あの。先輩?」

「んー? どうしたの?」

「私なんかの隣でいいんですか、最後の大会なのに」


 先輩が箱から個包装されたチョコレートを取り出してこちらに渡してくる。おずおずと受け取って、リボンの形になった袋を引っ張って解く。くるっと回って、ホワイトチョコレートの部分が顔を出した。


「最後だからだよ。燈代ちゃんとこうしてバスに乗れるのは最後。けど、最初でもあるから、私は楽しいよ。燈代ちゃんは違う?」

「・・・・・・わたしは」


 大会、コンクール。実力、団結力、努力、結果。勝ち、負け、夢、終わり。昨日寝る前、何度も脳裏を駆け巡った言葉だ。


 わたしは結局、一つの曲も満足に演奏できないままここまで来てしまった。コンクールなんて辞退しようとも思ったけど、顧問の先生からは演奏できるところだけ吹けばいいよ、と言われ、他の一年生も全員出場するということもあってわたしも楽器を持ってこのバスに乗り込んだ。


「わたしなんかが、出ていいんでしょうか」

「いいに決まってるよ。燈代ちゃん、入った頃に比べたらすっごく上手になったもん。それに、下手だから出ちゃだめ、なんてこともないでしょ? 先生も言ってたじゃない。演奏を一番楽しんだ人が優勝なんだって。私、燈代ちゃんと一緒にコンクールに出られるのすごく楽しみ! 燈代ちゃんは違う?」

「いえ、出られること自体はすごく嬉しいんです。吹奏楽に入ってコンクールの映像を何度も見てきましたし、最終的な目標というか、憧れでもありましたから。憧れの舞台に、憧れの先輩と、その・・・・・・」


 ってわたし、何言ってるんだろう。


 慌てて口を噤むも、先輩が嬉しそうに顔を近づけてくる。わあっと仰け反って、窓ガラスに後頭部をぶつけた。


 向かいの人たちは座席を倒してトランプに夢中だし、左右は青い布生地に覆われて逃げ場がない。ううん逃げようなんてつもりもないのだけど、先輩に距離を詰められちゃうと顔がもんもん熱くなっちゃって。


「憧れの、私?」

「う・・・・・・は、はい」


 眼前に迫った先輩の青いリボンが揺れる。その揺れに合わせて、わたしの首もこっくりこっくり揺れる。


「憧れ、てました」

「初耳だ」

「はじめて、です」

「嬉しいな」


 先輩が離れていくと、ようやく窓ガラスの冷たさを感じるようになる。先輩が前を向いてからも、わたしは押し寄られた体勢のまま固まっていた。


 磨きに磨いたローファーが、昼間の淡い光を反射する。


 まるで真実を告げたように開かれたわたしの口だけど、そこには透明なフィルターがかかっていた。その先を言うのは、さすがに場違いだし、なにより・・・・・・怖かった。


 会場に着くと、一年生が真っ先に降りて荷台から楽器を出しに行く。


「あの」


 わたしも行こうと、通路側に座る先輩の目をみやる。先輩は無表情で、見つめ返してくる。


「わたしも楽器、出しにいかなきゃなので」

「あ、うん。そうだったね」


 先輩が立ち上がって、通路を開けてくれる。ぺこりと頭を下げて前を通ると、背中に弱い力が加わる。振り返るとヘアゴムを巻いた細い手首があった。


「がんばってね」

「はいっ」


 ちょっとサイズが大きいローファーが、バスの床をタカタカ叩く。小走りのままバスを降り、すでに始まっている積み下ろしに参加する。わたしの背丈ほどある大きなケースを持ち上げると、体が後ろによろめいた。


 よっこいしょ、と力を入れて持ち直す。


白玉しらたまさん大丈夫? 手伝おっか?」

「あ、うん。ありがとう」


 同じ一年生の子が反対側を持ってくれる。いつも仲のいい友達と一緒にいる印象だけど、あんまりわたしが危なっかしいものだから駆けつけてくれたのかもしれない。


「白玉さん頑張り屋さんだね?」

「そ、そんなことないよ」


 頑張り屋、というよりは、いまだ背中に残る微かな感覚が、わたしを後押ししてくれる。そんなような不透明で不確かで、けど、信じてみるのはとっても素敵なのかもしれないノンファンタジーな何かがあったのだ。


 持つのが大変な打楽器などはすでにトラックで運ばれていた。わたしたちがえっさほいさと積み下ろしをしている中、先生が受付を済ます。


 演奏者専用の入口から入ると、ポコポコと穴の空いた壁に囲まれた廊下に出る。そういえば、音楽室の壁にも穴がたくさん空いてたな。


 部長が先頭を歩き、広場に敷かれた赤いシートの上に楽器を乗せていく。特に仕切るようなものはなく、他校の荷物と隣接する形となる。混ざったり、邪魔になってしまわないようなるべくコンパクトに整理する。


 離れて見ると、わたしたちの学校が一番綺麗に置けている・・・・・・ような気がした。


 楽器、楽譜、ミュート、ストラップ、リード、スタンド、忘れ物がないかひとつひとつチェックしていく。最後にプログラム表を受け取り、首にぶらさがった出演者証を指でいじくりながら全員のチェックが終わるのを待つ。


 普段ならすぐにでもおしゃべりが始まるところなのだけど、三年生たちはどこか緊迫した表情で無言を貫いていた。先輩と目が合うと、手を振ってくれる。


 わたしも、頑張ろう。


 先輩と練習した箇所を何度も思い出しながら、運指のイメトレをする。先輩に教えてもらった息遣い、綺麗な音の出し方。それから、演奏は、楽しんだもの勝ち。


 チューニングルームで最後の音を鳴らす。あとは本番、大丈夫。そう何度も言い聞かせて、臨んだはじめての地区大会。


 わたしたちの学校は、銅賞に終わった。

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